637  龍岩寺

 前回「今年は土日になると雨ということが多く、少年野球関係者は困っています」と書きました。5月24日(土)夕方から25日(日)朝まで大雨が降り、小学校グラウンドは水浸し、83歳二人と共に、また少し後になってやってきた親コーチと共にスポンジでお水とり、やっと終わったら小学生たちがやってきました。実はグラウンドコンディションが悪いので8時集合だったはずが10時に変更するとラインで連絡が入っていたことに気付かなかった老人たちが8時に来て吸水作業・・・となったわけです。おかしいな、みんなどうしたんだろうとスマホを見て理由が分かりました。老人はスマホ依存になっていないからこうなるんですね。しかし来たからにはやらなくちゃ、ということで老人クラブで作業、もう一人の老人クラブ員であるチーム代表は9時半頃に車で到着、知ってたんですね。集合時間変更は代表に連絡して決断を仰いだのでしょう。しかし考えてみると、老人クラブの皆さんが元気なのは小学生のお蔭なのです。子どもたちと接して、その成長を見守れることで生気を養っているのです。

■ 5月土曜日は連続イベント
 5月の土曜日は連続でイベントがあり、少年野球を休まざるを得ませんでした。5月10日は神田祭の行われている湯島の東京ガーデンパレスで高校同窓会、終わってお茶の水駅前・明大通りのベーカリー&レストラン「デリフランス」で同期8人で語らい、5月17日は大雨の中、京橋一丁目のAP東京八重洲で大学・理工学部の同窓会、終わって有楽町に移動して「銀座インズ」に入り、「GINZA INZ1」2Fのサイゼリアで同期4人で二次会、JRを退職して天下りを終えた仲間が案内してくれました。お店の前は長蛇の列、しかし回転良く程無く入れました。驚いたことに広い店内は圧倒的に若者ばかり、しかも女性が大多数、東京にはこんなに若い女が居るのか!と地方から来た人はビックリするでしょう。女性が大多数ということは女子会でしょうか、老人は見渡す限り我々だけです。1.5リットルの赤ワインデカンタとピザやら何やら料理を注文し、帰る時の会計でまたまたビックリ!税込¥2,480、え〜〜〜、安い!ひとり600円チョイです。デフレの世の中にカムバックしたかと思いました。5月24日は日暮里駅前で在京雫石町友会の役員会、南改札口を出て京成線出入り口前の階段を降りて左側、東忠ビル2Fの「鮮魚と大衆料理 全室個室居酒屋酔助」で12時から30分ほど会議、その後は昼飲み宴会、2時間飲んで食って、その後すぐには帰らないのが一部の人、雫石の人は子どもの頃から民謡に親しんでいるので福田こうへいのような人が多く、直ぐ上のフロアにあるカラオケ「ビッグエコー日暮里店」になだれ込んで歌いまくりました。5月31日は東銀座南海ビルで岩手県人連合会の役員会です。終わったらいつも銀座に繰り出して居酒屋で大宴会です。

左のオレンジ色が東忠ビル、右手がJR日暮里駅東口

■ 曹洞宗澤山龍岩寺
 今回の標題は、今週岩手県二戸市に行き、89歳で没した連れ合いの叔父さんの告別式〜納骨に隣席する寺の名前です。正式には「曹洞宗澤山龍岩寺」と言います。九戸政実側の戦死者の菩提を弔う山寺が前身と伝えられています。境内には南部家忠臣の墓の他、相馬大作ほか三烈士の碑があり、大作が小塚原で処刑され回向院に葬られたときの墓碑も、回向院の好意により龍岩寺の境内に移されて保存されています。本堂向かって左手に、南部信直公御葬禮場碑があります。お寺を紹介するサイト「くぐる鳥居は鬼ばかり」を参照ください。老人の多い世の中になったので、惜別の機会はとみに増えています。この叔父さんはやり投げで鳴らしただけあって体格の良い方でした。ずっと昔に岩手医大附属病院に見舞ったことがありますが、その時は心臓の弁の埋め込み手術の後でした。弁の価格はピンキリで、長くもつものは高い、安いものは10年ほどしたら替えなければならない、あと何年生きるか分からないが、高いものにしたと笑っておられました。

龍岩寺

■ 九戸城の戦い
 叔父さんの家は九戸城の隣です。JR二戸駅から近いのですが、馬淵川、白鳥川、猫淵川に囲まれて、断崖絶壁を形成している九戸城は、まさに天然の要害となっています。豊臣秀吉に騙し討ちされて落城した九戸政実(くのへまさざね)の話は有名ですが、戦いとはおおむね勝った方が正義となるため、史実には「九戸政実の乱」などと記されます。元はと言えば南部家の跡目争いが発端で、三戸城を本拠とした南部家は、第24代当主南部晴政が没すると、南部家内の派閥争いが起きます。南部晴政の子・晴継が13歳で急死すると、有力者であった九戸家と田子(石川)家の南部宗家後継者争いが本格化したのです。田子(石川)信直が九戸実親を退けて半ば強引に三戸南部家当主となったことにより、実親の兄・九戸政実は大いに不満を持ち、南部信直との関係は亀裂状態となりました。豊臣秀吉は南部信直を家臣と認定し、九戸氏は南部氏の家来として従属せよと命じ、これに逆らった政実は逆臣、逆賊となりました。九戸城を包囲した豊臣秀吉軍は、城の正面にあたる南側には蒲生氏郷と堀尾吉晴が、猫淵川を挟んだ東側には浅野長政と井伊直政、白鳥川を挟んだ北側には南部信直と松前慶広、馬淵川を挟んだ西側には津軽為信、秋田実季、小野寺義道、由利十二頭らが布陣しました。歴史好きな人は良く知る名前ですね。城を明け渡せば助命すると約束したにもかかわらず、白装束姿で投降した九戸政実らは集められ、城内に残った政実の弟らは二の丸に追い詰められて、女を含めて惨殺され、火をかけられて、炎は三日三晩夜空を焦がしたと言い伝えられています。政実ら主だった首謀者達は、今の宮城県栗原市に連行されて処刑されました。この後、九戸氏の残党への警戒から、秀吉の命によって居残った蒲生氏郷が九戸城と城下町を改修し、南部信直に引き渡しました。信直は南部家の本城として三戸城から居を移し、九戸の名称を「福岡」と改めました。また蒲生氏郷と浅野長政は信直に本拠地を南方に移すことを勧め、信直の子・利直が盛岡城(不来方城)を築城して盛岡へ移転するきっかけとなりました。

九戸村のマスコットきゃら「まさざねくん」

■ 二戸市の紹介
 二戸市は岩手県内陸部の北端、青森県との県境に位置する人口約2万9千人のまちです。 隣接する青森県の南端田子町はニンニクで知られます。田子ニンニクというだけでものすごく高価なブランドです。二戸市の東端に折爪岳、西端に稲庭岳が座し、市街地を馬淵川が流れ、安比川が合流します。東北最大級100万匹のヒメボタルが幻想的に舞う折爪岳や、日本一の大きさの夫婦岩と言われる男神岩・女神岩がそびえ立つ馬仙峡、山の恵みが豊富で中腹には岩誦坊と呼ばれる湧き水が流れる稲庭岳、豊臣秀吉天下統一の総仕上げで戦った九戸政実の居城・九戸城跡、開山から約1,300年の東北の名刹・八葉山天台寺、出会った人には幸福が訪れるとされる座敷わらし伝説が残る金田一温泉など、自然・歴史・文化の宝を楽しむことができます。 また、日本一の生産量を誇る漆で作る浄法寺漆器をはじめ、県内外へ出荷され多くのファンに愛されている若鶏・短角牛・三元豚の食肉、りんご・さくらんぼ・ブルーベリーなどの果物、折爪岳の伏流水で醸す地酒など、豊かな自然がもたらす最高の恵みを頂けます。
 参考までに下記参照下さい。
 いわてのてっぺん「japanの郷 にのへ」 故郷と主君を愛し過ぎた?相馬大作の眠る場所
 龍岩寺、相馬大作の墓 - 学友塾 歴史探索部
 ESSAY27『映画』(2013年8月25日)南部曲り家で囲炉裏のある家、、"座敷わらし"との出会い、二戸市金田一温泉・緑風荘
 つぶやき452『九戸城』(2011年9月11日)

■ オオキンケイギク
 環境省が、見つけたら直ちに駆除しましょうと呼び掛けている特定外来種;オオキンケイギクが、今を盛りと咲いています。5月18日に少年野球の試合に往復する途中、国道254号線川越街道の英橋とJR武蔵野線新座駅の間、大和田近辺の道路端にものすごく繁茂していました。国土交通省も手が回らないのでしょうか?。

■ プログレス閉店
 イチョウの葉形の特異な建物の株式会社オリエントコーポレーション(オリコ)本社別館向かいにあった美容室「プログレスふじみ野大井店」は2024年8月末日に閉店しました。その後壊すでもなく、あるじの居なくなった建物が「つわものどもが夢の跡」みたいな感じに見えます。PROGRESSは1997年創業、”常に進化し続ける”をコンセプトに「トータルビューティー」を中核としたサービスを提供するサロンブランドで都内を中心に22店舗を展開しています。外国の美容室かな?という雰囲気でした。

営業していた頃のプログレス


すべての装飾も看板も撤去されています
(2025年5月27日)


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