500  宗教V

 急に寒くなりました。「暑さ寒さも彼岸まで」と言いますが、今年はどうも様相が違うと思っていたら、2022年10月6日(木)朝、標高2038mの岩手山(岩手県)で初冠雪が観測されました。平年より7日早く、昨シーズンより11日早い観測で、富士山に続き本州2座目の初冠雪です。実はこの朝筆者は盛岡市内のホテルで朝を迎えました。国立大学法人岩手大学の経営協議会があるからです。南米沖太平洋の海面水温が低くなる「ラニーニャ現象」の影響で、今年は冬の訪れが早くなり、爽やかな秋は短く、11月にはすっかり木枯らしの季節になると言われています。今年の冬は、例年以上に寒さが厳しくなりそうで、短い秋を楽しまなくちゃいけませんね。食欲の秋を。


岩手山初冠雪・・・2022年10月6日(木)朝 YAHOO!ニュースより

■ やるせない訃報
 前回は安倍晋三元首相の「国葬儀」がテーマでした。そしたら三遊亭円楽さんとアントニオ猪木さんの、共に70代の訃報が飛び込んできました。人に死はつきものですが、私達には40代のやるせない訃報が届きました。少年野球の我がチームの2018年度キャプテン、今高校1年生ですが、そのお母さんが病死されたのです。本当に久しぶりに黒い服に黒ネクタイで家族葬ホールに出掛けました。可愛いお母さんでした。癌には勝てません。遺された子どもたちが心配です。

■ 記念すべき500回目
 この「ESSAY」も記念すべき500回目となりました。実はその前に「ななめのつぶやき」というのがあって、2003年1月13日の「一富士、二鷹、三なすび」でスタートし、2012年12月31日の「つぶやき終了」まで10年、520回続きました。終了時の520回の冒頭が下記です。
 左のうた、皆さんご存知だろう。細川ガラシャの辞世のうたである。明智光秀の三女で、細川忠興の正室であった。関ヶ原の戦いが勃発する直前の慶長5年(1600年)7月16日(8月24日)、大坂玉造の細川屋敷にいた彼女を、西軍の石田三成は人質に取ろうとしたが、ガラシャはそれを拒絶した。その翌日、三成が実力行使に出て兵に屋敷を囲ませると、ガラシャは家老の小笠原秀清(少斎)に槍で部屋の外から胸を貫かせて死んだ(とされているが定かではない)。キリスト教では自殺は大罪であり、天国へは行けないためである。享年38。
 この辞世のうたは花も人も、散り時をわきまえてこそ美しいのだ、という意味であろう。細川元総理や小泉元総理も引用している。
 なお、これ以外に二首、ガラシャが詠んだといわれる辞世のうたが残されている。
  「露をなど あだなるものと 思ひけん わが身も草に 置かぬばかりを」
  「先立つは 今日を限りの 命とも まさりて惜しき 別れとぞ知れ」

しかし、「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」のうたの抜群の感性には及ぶべくも無い。

細川ガラシャ 父の光秀に似て、頭が良く
気丈で、美しい女性だったと言われている
 その後1ヶ月ちょっと休みましたが、タイトルを「ESSAY」と変えて、2013年2月10日「再開」で再開しました。「ななめのつぶやき」のラストは「南部蝉しぐれ」でした。
 ♪南部 盛岡 雫石
 ♪思えば遠いふるさとよ・・・
 この歌を歌う歌手福田こうへいさんは、岩手県岩手郡雫石町生まれ、盛岡市玉山区在住です。盛岡市玉山区はかつての渋民村で、我が高校先輩;石川啄木の生まれ育ったところです。「ESSAY」の始まりも「南部蝉しぐれ」、「アベノミクス」にも触れています。懐かしいですね。あれから10年経ちました。

■ 宗教とカルト
 そもそも人の死は、普段宗教と無縁に暮らしている人でも宗教との接点になる機会ですね。ところが最近は家族葬が主になって、宗教色を消した葬儀も見かけます。今回もそうでした。そう言えば安倍晋三元首相の「国葬儀」もそうでしたね。493で「宗教T」…「浄土真宗親鸞会」がメインでした。495で「宗教U」…「生長の家」がメインでした。今回は500で「宗教V」…「エホバの証人」がメインです。くれぐれも誤解しないで頂きたいのですが、宗教は人の心の中にあるものなので、何を信じるのも自由であり、殊更に批判したりするのは避けるべきです。ただしオウム真理教のように社会的に害悪となる行動をする「カルト」教団は別です。英語圏では正統的キリスト教を「教会」church、その分派を「セクト」sectと呼び、新興宗教を「カルト」cultと呼びます。カルトはいわば宗教界のベンチャーみたいなものですが、世界的に社会問題となっているのは、強制的な勧誘によって入信させたり、多額の寄付金を強要したりして人権を侵害し、さまざまな反社会的行動をする教団が少なくないからです。その特徴とは、@「導師」や「グル」と呼ばれたり、自ら救世主を名乗るカリスマ的教祖が居る、A洗脳の一種で、マインドコントロールといわれる心理操作のさまざまなテクニックを用いて入信させ、信徒は自覚のないまま、主義、考え方、世界観を根本的に変えられる、B外部世界から隔離された場所で共同生活を営み、閉鎖的集団を形成し、そこからしばしば反社会的行動に走る、C神秘的、魔術的な儀礼を実践し、教義は異端的、シンクレティズム(宗教的折衷主義)的である、などの特徴を持ちます。

■ 映画「A Perfect World」
 映画「A Perfect World」をテレビで見ました。1993年12月製作のアメリカ映画で、ワーナー・ブラザース配給、ケヴィン・コスナーとクリント・イーストウッド主演、脱獄犯と人質の少年との交流、そして男を追う警察署長の苦悩を描いた犯罪ドラマです。舞台は1963年、テキサス州。ブッチ・ヘインズ(ケヴィン・コスナー)は、アラバマ刑務所から同じ囚人のテリー・ピュー(キース・サセバージャ)と脱走しました。途中、8歳の少年フィリップ(T・J・ローサー)の家に押し入った2人は少年を人質に逃亡しますが、ブッチはフィリップに危害を加えようとしたテリーを射殺してしまいます。すぐに厳重な警戒線が張られ、州警察署長のレッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)が陣頭指揮に当たることになりました。レッドはブッチが10代のころ、彼の更生のためを思って少年刑務所に送った当人でした。しかし、ブッチはそれを契機に犯罪の常習犯となり、ついには脱獄犯となり、追われる身となったのです。レッドは、そこまで追い込んだのは自分だと強い悔恨の念にかられ、是が非でも自身の手で捕らえねばと思いました。犯罪心理学者のサリー(ローラ・ダーン)が同行することになり、彼女はレッドの独自の捜査に反発しつつも次第に彼にひかれていきます。一方、一人前の男として接するブッチにフィリップは親しみと友情を覚え、彼のほうでも少年を気に入るようになりました。フィリップ少年の話を聞くと、父親を知らずエホバの証人の信者である母親のもとで、宗教上の厳しい戒律から年ごろの男の子の楽しみは何一つ与えられずに育ったそうです。少年に自分に似たものを感じたブッチは、ハロウィンやローラー・コースターなどフィリップのささやかな望みをリストに書かせ、ひとつずつ実現させて行きます。母と自分を残して二度と帰ってこなかった父がたった1度よこしたアラスカからの絵ハガキを大事にしまっていたブッチは、「小さな相棒」を連れてかの地を目指そうと決心しました。車の中で眠っていた彼らにマックという男が声をかけ、彼の家に泊まらせてもらうことになりました。翌朝、フィリップやマックの孫と戯れるブッチは、小さな幸せを感じます。このとき、ラジオで脱獄囚のニュースを聞き、危険を感じたマックが彼から引き離そうとするあまり孫を突き飛ばしてしまうのを見てブッチは逆上します。優しい表情から一変して「孫を愛していると言ってみろ」と、狂気につかれたようにマックを脅すブッチ。フィリップはそんな姿を見てたまらず、銃で彼を撃ちます。その時、捜索隊が到着し、彼らを包囲しました。レッドの説得に、ブッチはフィリップに別れを告げ、少年を引き渡そうとしますが、誤認したFBI捜査官の銃弾が容赦なくブッチの胸を貫くのです。その手には、あの絵ハガキが握られていました...

フィリップとブッチ

■ エホバの証人
 綺麗な服を着た二人組、多くは女性ですが、「ものみの塔」という小冊子を持って戸別訪問する姿が以前は良く見られました。最近何故か来ませんね。統一教会バッシングの影響でしょうか。綺麗な服を着ていると、何となく安心感がありますし、少なくとも貧しくないだろうと思ってしまいます。何度も話を聞いたことが有ります。小冊子を受け取って「読んでみます」と言ってお引き取り願ったり、こちらから一方的に喋りまくって「ダメダコリャ」と思って頂いたり、「アッ、興味無いんで」と言って引っ込んだりしました。この人たちは「エホバの証人」だなということはすぐ分かります。ふじみ野市にも「王国会館」が有ります。「エホバの証人」はカトリックやプロテスタントからは異端とみられているようです。キリスト教と言えば、街宣車で「あなたの罪は赦されます」とか大音量で過ぎ去っていく車・・・そもそも人は罪びとなので、赦しを乞わなければならない、キリスト教の教えですね。サタンとかメシアとか、そもそも全く罪の意識のない人が多い日本人は、自分の都合に合わせて神頼みしたり、実に自分勝手な人が多いように見受けます。筆者の親戚にはカトリックの人も居れば、エホバの証人の信者もいます。何を信じようと、自分の心の中で祈っている分にはよろしいのではないでしょうか。

■ 元信者の告白
 「現代ビジネス」で、オウム真理教について特集したNHKの番組を見たエホバの証人の元信者が語る宗教の実態をレポートしていました。放課後等デイサービス、グループホーム、生活介護事業所の運営、日中一時支援などを事業とする川崎市宮前区の株式会社アイム(従業員80名)代表取締役の佐藤典雅さんという方の話でした。エホバの証人の元信者で、25年間の洗脳生活から逃れるまでをネットで公開されていました。宗教というのは、現実にその中に浸っている人にとってはなんら不可思議な集団ではないのですが、普段普通に生活している人たちの目線で見るととても異様であるというのはよくある話です。

夏に筆者が作った冷やし中華、プリン付き

■ 入信の経緯
 1971年に広島市で生まれた佐藤典雅さんの父親は三井銀行(現・三井住友銀行)の銀行員で、海外の勤務地を家族と共に転々としたそうです。広島育ちである母親は、裕福な育ちで、父を「お父様」と呼び、キリスト系のお嬢様学校で学び、若い時に「神様と聖書ってすばらしい」と思っていたそうです。ロサンゼルスで、父と同じ銀行員の妻が遊びに来て、「エホバの証人」を名乗り、「自分たちは聖書の勉強会をしている」と告げたそうです。感銘した母は、より高い意識系を目指して「エホバの証人」に入信し、子供たち3人は当然「ものみの塔」の教育を受けて信者となり、最初はしぶしぶだった父親も、のちに引きずり込まれる形で入信し、信者同士でしか結婚できないので、のちに佐藤典雅さんも同じ教団の女性(現在の奥さん)と結婚して、佐藤一族が信者となったのだそうです。

■ エホバの証人の正式名は「ものみの塔」
 「エホバの証人」の教団の正式名は「ものみの塔」なのだそうです。英語ではJehovah’s Witnessであり、教団名はWatchtowerです。エホバというのは旧約聖書に出てくる神の名前で、自分たちだけが聖書の神の証人であると信じています。「ものみの塔」とは、戦国時代に敵が遠くからやってくるのを見張るための高台のことで、ハルマゲドン(世界の終わり)がやってくるのを見張っている、という意味だそうです。教団の歴史を紐解くと、1800年代の終わりにニューエイジといって、アメリカで一種のスピリチュアルブームが起きた時に様々なキリスト系の原理主義の教団が現れたのだそうです。「ものみの塔」もこの時期に出来ました。

寿司は鮮度一番 最近高くなりましたね

■ 「制約」される生活の中で成長
 「エホバの証人」に入信後の佐藤典雅さんの生活は、その前までと一変し「制約」されることが多くなって行きました。アメリカで育ったので、クリスマス、ハロウィン、お誕生日のようなイベントはすべて異教徒(サタン)の祭りだとことごとくご法度、クラスでイベントがあると教室を退場して一人図書館で読書をして時間を潰しました。さらに、クリスチャンは闘いを学んではならないからと、運動会の騎馬戦からレスリングも禁止でした。国家と政治もサタンによる体制だから参加してはならないと、国歌敬礼はおろか学校の校歌を歌うことさえ許されませんでした。ほかには、音楽、映画、漫画など、すべてのエンターテインメントはサタンによる誘惑とされ、また教団の外の人間はサタンに惑わされているので、友達になってはならないとされました。自らクラスで疎外・隔離されている状態に身を置くなんて、まるで「セルフいじめ」のような状態でした。世の中の仕事もすべてサタンによる罠だといわれて、企業で正社員として働くことを目指してはならないと教えられたので、大学に行かずに、パートで食いつないで布教活動をするように教えられます。すべては聖書に書いてある規定が絶対であり、聖書に「血を食べるな」と書いてあるので、輸血も禁止でした。

■ 教団の超エリートから脱退に至る過程
 エホバの証人の出版物は日本では海老名にある支部で作られているそうです。ここは21万人以上いる日本の信者の中でも教団のエリートが行くところだそうです。さらに、240以上の国で活動する860万人以上の信者を束ねている総本山がニューヨーク州にあります。佐藤典雅さんが若い頃は本部がブルックリンのど真ん中にあって、その本部に19歳の時に奇跡的に入ることになったそうです。「ものみの塔」信者から言わせれば、これはもう東大とかハーバードに入ったような事例で、教団の中では泣く子もだまる超エリートコースです。ここで3年間、三千人の信者と共に集団生活をしました。そんな「教団で超エリート」の佐藤典雅さんが洗脳されていることに気がついたきっかけは、息子の楽音(がくと=がっちゃん)の存在でした。当時教団の信者は週に3回集会所に行くことが義務付けられていて、当然フルタイムや残業で働いている信者にとっては無理難題な話ですが、神様のご意志であれば必ず可能であると諭されました。しかし、佐藤さんの奥さんは、息子であるがっちゃんを妊娠した直後から切迫流産が続き、1年間完全に寝込んでしまう状況でした。この時に「集会に行くことが神のご意志であれば、うちの奥さんが不可抗力で1年間も集会に行けないのはおかしい。神は何をやっているのだ?」と疑問を持ったのだそうです。お母さんからは信仰心が足りないからだ、と叱責されました。さらに教団の教えでは、すべての病気や障害はサタンが人類に「罪」をもたらした結果だとされています。しかし自閉症である自分の息子を見ていて、彼が罪やサタンの結果だとは到底思えませんでした。そして子育てをして行くにつれ、「教団の教えって人道的におかしくないか?」という根本的な疑問がたくさん湧いてきました。そして、35歳の時に教団を脱退すると決めました。当然これは佐藤一族を蜂の巣をつついたパニック状態に陥れることになりました。なぜなら教団をやめるというのは、神と教団への裏切り行為で、サタンに魂を売り、永遠に神によって滅ぼされることを意味するからです。この時は、自分ひとりが脱退を決めましたが、ここで自分に負けてはならないと思い、反旗をひるがえして、家族の脱退に向けて動き出しました。そして一年後には奥さん、奥さんの実家、自分の実家、弟夫婦と妹夫婦を脱退させることに成功しました。以後、佐藤一族は宗教ご法度となったそうです。

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■ 宗教の入り口に立っている人々
 佐藤典雅さんは子供の時から「ハルマゲドンが来るから大学に行かないで布教活動をしろ」と教えられてきて、今は川崎市で発達障害に関わる福祉事業の運営に携わっています。自閉症である息子のがっちゃんのために、放課後等デイサービスを始めました。放課後に発達障害児童を預かる学童保育クラブみたいな福祉施設です。それから息子の成長に従って自前で高校、就労支援、グループホーム(知的障害者の共同生活場)を作ってきました。福祉の世界に入る前はヤフージャパンにおり、その後に東京ガールズコレクションのプロデューサーとして仕事をしていたそうです。歩んできたキャリアの関係からものすごく成功している人生もたくさん見てきたし、同時に福祉に関わってまったく底辺の人生もたくさん見てきました。なぜ恵まれている境遇にいた自分の母親が宗教に引きずり込まれたのか、いや、自ら突っ込んで行ったのか、ずっと不思議だったそうです。しかし福祉業界に入っていろいろな主婦と接触するようになるにつれて、自分の母親が特殊ではなかったと気付くようになりました。すべての主婦は宗教の入り口に立っていると言える状況が見えてきたのだそうです。宗教に入っていた自分はずっと洗脳されてきたと思っていましたが、洗脳を脱してみたら、外の世界の多くの人も社会洗脳にさらされているんだということに気付いたのです。ここらへんはまさに映画『マトリックス』のような世界観だ・・・と佐藤典雅さんは言います。
(2022年10月10日)


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