473 鉢形城
本日は二十四節気『清明』です。大気清浄明潔、すがすがしい季節ということです。しかし花冷えというか、4月3日、4日は雨で最高気温が10℃にもならず、2日続けてのこの時期の低温は24年振りとのこと。何しろ西日本は20℃越え、札幌でも14℃というのに何たることか、しかし『清明』より以降はまた気温が戻るという予報です。4月20日は『穀雨』、準備の整った田畑に、百穀を潤す穏やかな春の雨が降る頃です。ふじみ野こどもエコクラブの畑でも3月末にネギを移植し、春大根や春菊の種を撒いたので、楽しみです。4月3日、4日の雨は「菜種梅雨」だったのでしょうか。なたねづゆとは3月中旬から 4月上旬にかけて、菜の花(アブラナ科の野菜に咲く一般的に黄色い花)が咲く頃に降る長雨のことで、「春の長雨」とも言われます。高気圧が張り出したり、移動性高気圧が北に偏って日本列島を通ったりするために、関東地方や太平洋沿岸部には冷たく湿った北東風が吹き、前線が停滞しやすくなります。そこへ小低気圧が次々と発生し、東進するため、すっきりしない天気が続くのです。
奥の土塁の右側に鉢形城本丸(本曲輪)跡があり、田山花袋の碑もあります 田山花袋は群馬県館林市出身の小説家で、代表作「田舎教師」は現在の埼玉県羽生市の寺に下宿した青年小学校教師がモデルで、人間をありのままに描いた自然主義派の作品は、私小説の源となり、後の多くの作家に影響を与えました。また「秩父の山裾」という紀行文で、坂戸から馬車で越生、小川を経由して寄居、波久礼、長瀞という道のりを旅した事が書かれ、そのクライマックスとして鉢形城址と荒川の流れを絶賛しています。曰く、東京付近で、これほど雄大な眺めを持った峡谷は他にはない。「襟帯山河好。雄視關八州。古城跡空在。一水尚東流。」こうした詩が、ひとりでに私の頭に上って来た。私は一時間以上もそこに彷徨した。感慨盡(つ)きるところを知らなかった・・・と書いています。この漢詩が武者小路実篤の揮毫により碑となっています 武者小路実篤は東京都千代田区出身の小説家で、志賀直哉らと文芸雑誌『白樺』を作り、小説『友情』や『お目出たき人』により白樺派を代表する作家として活躍しました 人道主義の考えによる共同生活の場として埼玉県入間郡毛呂山町に設立した「新しき村」が有名で、その理想的社会の理念が毛沢東に影響を与えたことで知られます |