468  

 北京オリンピックでROC(ロシア五輪委員会)から出場したフィギュアスケート女子のカミラ・ワリエワ選手(15)のドーピング疑惑が問題化し、その重圧にワリエワが堪えられず、ミスを連発して4位に終わりました。その結果を叱責したトゥトベリーゼ・コーチに対する国際的な非難と、擁護するロシア国内の一部の人達、ワイワイ沸騰した大騒ぎの中、北京オリンピックは閉幕しました。ところが、間もなくしてとんでもないことが起きました。米国が頻繁に警告していたロシア軍のウクライナ侵攻がついに現実となったのです。

■ ロシアのウクライナ侵攻始まる
 ロシアのプーチン大統領がウクライナ東部の「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認する大統領令に署名し、2地域に軍を派遣し平和維持に当たるよう国防省に命じたというニュースは衝撃をもって受け止められました。フランスのマクロン大統領やドイツのショルツ首相がプーチン大統領と会って、自制を働きかけていたにもかかわらず、それを無視した形になったからです。アメリカのバイデン大統領やイギリスのジョンソン首相は、はなからプーチンを信用しておらず、ロシアがウクライナに侵攻するはずだと警告していました。実際に始まってみると、東部からだけでなく、南のクリミアからも、北のベラルーシからも、言わば三方から侵攻が開始されました。言わずもがなですが、国家主権と領土に対する侵略は、国際法上認められないものです。プーチン大統領は、ウクライナ東部の紛争解決に向けた「ミンスク合意」は今や存在しないと一方的に宣言したのです。ミンスク合意は2014年と15年に結ばれ、親ロ派武装勢力が実効支配するウクライナ東部ドンバス地域を巡る紛争の停戦や、この地域への一定の自治権付与を定めたものです。プーチンはこれをウクライナが守らず、住民らを虐殺(ジェノサイド)していると非難しました。しかし国連の高等弁務官が現地調査して、その事実は認められないと結論していますから、これは言い掛かりというものです。


2022年2月現在のヨーロッパ地図・・・Wikipediaの「ヨーロッパ世界」より 色分けは分かり易いようにしているだけで意味はないと思われます

■ 8年前のソチ・オリンピックを思い出す
 今回の侵攻で思い出すのは8年前の「クリミア略奪」です。このときはロシアでのソチ・オリンピック(2014年2月7日〜2月23日)閉幕直後でした。ソチというのは黒海に面していて、ジョージアとの国境です。上の地図で右端にオレンジ色の矢印で示しています。ソチ・オリンピックでの日本の成績は、男子フィギュアスケートの羽生結弦が唯一の金メダル、男子ジャンプラージヒル個人の葛西紀明、スキー・ノルディック複合ノーマルヒル個人の渡部暁斗、スノボ男子ハーフパイプの平野歩夢、スキー女子パラレル大回転の竹内智香が銀メダル、銅メダルは男子ジャンプラージヒル団体(清水礼留飛、竹内 択、伊東大貴、葛西紀明)、スノボ女子ハーフパイプの小野塚彩那、男子ハーフパイプの平岡 卓がGETしました。女子ジャンプの梨沙羅や女子モーグルの上村愛子、スピードスケート女子チームパシュートは惜しくも4位に終わりました。期待された女子フィギュアスケートの浅田真央は6位に終わりましたが、そのフリーの演技にはほとんどの日本人が感動しました。しかし、あれほど素晴らしい出来でも、キムヨナがその上を行き、さらにロシアの新星アデリナ・ソトニコワがその上を行って金メダル、ソトニコワは3連続ジャンプで着氷した際、バランスを崩したもののフリー自己ベスト(131.63点)をなんと18.32点も上回る149.95点、ノーミスだったキム・ヨナ(144.19点)や女子選手初の「エイトトリプル」で自己ベストを更新した浅田真央の142.71点を上回る今季最高得点で、母国に金メダルをもたらしました。ソトニコワの採点をめぐり、韓国では大騒ぎ、再審判の署名運動が起きました。キム・ヨナや真央が最高の演技をしたのにそれを上回るなんてことが有り得るか?という疑問です。ただ、ジャッジが地元選手に高い得点をつけると言われるフィギュアでは、こういうことはよくあることです。ロシアの女子選手は新星のように現れて、次のオリンピックにはもう居ない、これが当たり前なのです。

■ ウクライナでヤヌコビッチ大統領がロシアに亡命、革命政権が誕生
 「クリミア略奪」については53『うっ、暗いな!』(2014年3月10日)をご覧ください。この頃は本当に暗い話題がいっぱいで、世の中が殺気立ってきたような気がして、そんな暗い話の特集でした。ウクライナ首都キエフで大規模抗議集会が開かれ、ヤヌコビッチ大統領の退陣や服役中のティモシェンコ前首相の釈放を訴えました。抗議集会の後、一部のデモ隊が暴徒化し、広場近くの目抜き通りにある、旧ソ連時代のシンボルだったレーニン像(約4m)をなぎ倒しました。イラクでのフセイン像なぎ倒しをほうふつとさせますね。市内ではこの日、ヤヌコビッチ氏を支持する集会も開かれ、1万人以上が集まりました。結局ヤヌコビッチ氏はロシアに逃れ、革命政権が誕生しました。ところが、今度は収まらないのがロシア支持派の国民、主として西のEU派と東のロシア派に分裂しており、ただしどちらにもEU派とロシア派が居て、どちらが多数かということなので、簡単には騒動は治まりません。

ユーリア・ティモシェンコ元首相(61) 汚職で投獄されその後釈放、大統領選出馬敗退

■ ロシアのクリミア略奪
 ウクライナでロシア系住民の多い東部や南部クリミア自治共和国では、ロシアの支援を求める声が上がり、ロシアのプーチン大統領はロシア世論の後押しを受けて、内政干渉に打って出ました。ウクライナをEUに奪われたくないというのがプーチンの意思でした。欧米が経済制裁に出ましたが効き目が少なく、アメリカのオバマ大統領は口ではロシアを非難していますが、本音ではロシアと対立したくありません。米国は選挙の年で、オバマ大統領に対する米国民の視線が日に日に冷たくなっていたからです。アフガンやイラク撤退を進め、シリア問題では強攻策はとらず、イランとも仲直りしようとしました。サウジアラビアやイスラエルは米国に裏切られたと怒りました。EUはメンツ上、ロシア制裁を打ち出しましたが、中心のドイツは本音ではロシアと対立したくありません。エネルギーで首根っこをつかまれていますから、ロシアを怒らせたら、ただでさえ苦しいEU経済には打撃だからです。大国中国はどうでしょうか?基本的にはロシアを支持します。そんなわけでプーチン大統領は自信満々でした。日本ですが、立場上欧米と連動していますが、こちらも本音では安倍・プーチン関係が良好なので、騒ぎが大きくなっては困ります。オバマ大統領は安倍総理と電話会談して協力を求めましたが、安倍総理はムニュムニュと明確な返事をしませんでした。

美人過ぎると話題のクリミア検事総長ナタリア・ポクロンスカヤさん
当時33歳、現在はロシア在住でカーボベルデ駐在ロシア大使

■ ロシアのクリミア半島併合
 その後のクリミアについては、55『山田洋次ワールド』(2014年3月21日)をご覧ください。プーチンに言わせれば、クリミアを取り戻したわけではなく、クリミア自治共和国の住民の意思によって、彼らがロシアを選択したのだ、ということです。すなわちクリミアの歴史は戦争による奪い合いの歴史だったのが、今回初めて住民投票による帰属の変更になったと言いたかったわけですが、これには欧米が反発して経済制裁を行ったものの、効果はさして無く、今に至ったのが今回のウクライナ侵攻につながりました。

深緑がクリミア半島、緑がウクライナ共和国、薄赤ロシア
(ウィキペディアより)

■ 中国の習近平の支援得て、バイデンを見くびったプーチン
 2022年には北京オリンピックが開かれ、欧米や日本他の国が中国の人権問題に反発して外交的ボイコットする中、訪中したプーチンは習近平と握手して小麦の輸入拡大や天然ガスの供給といった形で、欧米から経済制裁を受けても中国の支えで乗り切ることを約束させました。そしてウクライナ国境付近に集結したロシア軍部隊は、ベラルーシとの合同演習も行い、北京オリンピック閉幕とともにウクライナ侵攻に打って出ました。ケネディ大統領がキューバ危機(1962)を回避したのと違って、2014年のオバマ大統領や2022年のバイデン大統領はこれを防げませんでした。この間のトランプ大統領時代は、ロシアが事実上傘下に入れたシリアにミサイル攻撃を命じたり、核を持つイスラエルのネタニヤフ首相を支援して、下手に手を出すと反撃される恐れがあったためプーチンも過激な行動には出ませんでした。オバマやバイデンなら反撃しないだろうとたかをくくったのでしょう。

■ 国連で40年振りに緊急特別会合開催
 ロシアは国連の安保常任理事国で拒否権を持つため、いくら国際法違反だとロシアを非難して撤退させようとしても拒否されます。すなわち米露中英仏が当事者となった時、国連は無力です。そこで、米国と非常任理事国のアルバニアが、緊急特別会合の開催を要請するための採決を要求し、その結果ロシアは再び反対しましたが、手続き事項のために拒否権は使えず、11ヶ国の賛成で可決されました。中国とインド、アラブ首長国連邦(UAE)は、前回のロシア非難決議案と同じく棄権に回りました。安保理の要請で緊急特別会合が開かれるのは、イスラエルによるゴラン高原の併合が議題となった1982年以来、40年振りです。数日かけて各国が意見を述べた上で、最終的にロシアを非難する趣旨の決議案が採択される見通しです。

■ 中国とインド、UAEが棄権した理由
 ところで中国とインド、UAEが棄権したのは何故でしょう。中国はロシアの侵攻に「賛成」するわけには行きませんが、経済制裁には加わらずロシアを支援するからです。プーチンと習近平の仲の良さは有名で、国家としての中国(共産党)は原理原則を貫く国ですから、国際法違反の侵略に賛成せず棄権したわけです。インドは政治的には民主主義ですが経済的にはかつて社会主義でした。そのためロシアとのつながりが深く、武器も半分はソ連、ロシア製です。中国やパキスタンとの戦闘においてロシアとの関係は重要なのです。ただ、近年は中国が力を付けてきて海洋制覇の動きを見せてきたので、日米豪とクワッドで中国に対抗するようになり、将来的には反中露路線へと進むでしょうが、今現在は武器のメンテナンスや弾薬補給の関係で反露を明確に打ち出せないのです。UAEは米国のイラク侵攻やイスラエル支援を苦々しく思っているからでしょう。そもそも軍事大国は小国を抑え付けてきた歴史があります。米国の2003年イラク侵攻だって同じようなものですね。ただしこの時はイラクが大量破壊兵器を持っているのではないかとの疑念があり、国連がイラクのサダム・フセイン政権に対して行った決議や働きかけを無視したため、米英豪と一部協力した多国籍軍によって行われた軍事行動なので、今回のウクライナ侵略とは意味が違います。

ロシアの隣接国(周辺国)
 ロシアと国境接している国は、北西から反時計回りにノルウェー、フィンランド、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)とポーランド(ロシア飛び地カリーニングラード州と隣接)、ベラルーシ、ウクライナ、ジョージア(グルジア)、アゼルバイジャン、カザフスタン、中華人民共和国、モンゴル、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)です。また日本海・オホーツク海・宗谷海峡・北方領土周辺の海域を隔てて日本と、ベーリング海峡を隔ててアメリカ合衆国(アラスカ州)と接しています。さらに大きく見ると北極海を隔ててカナダがあります。ソ連を取り戻す妄想にとりつかれているプーチンは、NATOに加盟したバルト三国やポーランド、ノルウェー、ルーマニアなどには手を出せませんが、非加盟のフィンランドには脅しをかけています。ウクライナの次はベラルーシ、ジョージア、カザフスタンだろうと言われています。

■ SWIFT発動と軍事的ウクライナ支援
 今回のウクライナ侵攻によってプーチンは世界全体を敵に回しました。8年前の「クリミア略奪」の時と違い、ロシア国内ではテレビでウクライナ侵攻の詳細を伝えていません。クリミアの時はロシア系の住民がロシアを選択したのだ、という大義名分で、ロシア国民は熱狂的にプーチンを支持しました。しかし今回はウクライナ全土に対する軍事侵攻なので、正直に伝えられないのでしょう。しかし今やSNS時代、情報は阻止できません。ロシア各地で戦争反対のデモが起きました。ロシアはFacebookを制限し、デモ参加者を厳しく取り締まっています。KGB出身のプーチンは、逮捕・監禁・虐殺・暗殺お手の物です。欧米や日本はSWIFT発動でロシアへこれ以上無い強力な制裁を加えます。これによってロシアのみならず、世界全体が経済的打撃を受けます。しかしプーチンを止めるのに武力を使えば、「核を使うぞ」と公言しているので、狂っているリーダーが核のスイッチを押したら大変なことになります。外交での解決はヒトラー同様、この男の狂気には期待できません。第二次世界大戦で2700万人弱の死者を出した国ですから、国民が本格的な戦争を支持する割合は高いと思えません。世界の多くの国が一致結束して、情報の浸透によって、ロシア国民がプーチンを見放す方向へ持って行くしかありません。ウクライナを支援するため、これまで及び腰だったドイツが本格的に金や武器を供与する姿勢に転換しました。米英仏も同様です。経済制裁には中立国のスイスも協力するなど、BRIC'sを除いて広範なロシア包囲網が敷かれました。

鴻巣のショッピングモールの巨大ひな壇 近くの幼稚園児が歌を歌っていました(2017年3月3日)
平和であればこうした光景が楽しめます

■ 日本にとっても他人事ではないウクライナ問題
 日本政府も北方領土問題を横に置いても強い制裁を打ち出し、駐日ロシア大使はやがて強い対抗措置に見舞われるだろうと脅しを述べています。ロシア大使館もツイッターで「日本はまたもやナチスに協力しようとしている」などと投稿しています。第二次世界大戦で日本は戦死者を大量に出しただけでなく、「戦争犯罪」である民間人を対象にした無差別空爆を受け、最後は原爆投下でとどめを刺されました。しかも日本降伏が見えた終戦間際にソ連は日本との条約を破り、攻め込んできて、日露戦争で半分奪われたサハリンを日本から取り返し、更にどさくさに紛れて北方領土を略奪しました。ウクライナがクリミアを奪われたと同じ事を日本はされているのです。しかも日本兵をシベリアに抑留して過酷な労働をさせ、多くの死者が出ました。戦後ですよ。我が伯父さんもシベリア帰りでしたが、死ぬまで戦争の話はしませんでした。余程ひどい目にあったのでしょう。『岸壁の母』という歌がありますね。息子がシベリアから帰って来るのではと、舞鶴港で帰還船のなかから息子を探す母の姿を歌ったものです。ロシアという国がどういう国か、知っている日本人はもう少ないでしょう。わが父はフィリピンで米国の捕虜になり、理容師の腕を生かして米兵と仲良くなったことを話してくれました。相手が米国かソ連かによって父と伯父は全く違う待遇だったのです。戦後日本は米国と安保条約を結び、米軍の庇護下にあります。核の傘の下に居ます。しかし米国の指導者もいつどんな人になるか分かりません。世界唯一の被爆国である日本は、「核を使うぞ」と公言するプーチンを許すわけには行きません。日本も自衛のための武力を常に保持しておかなければ、ウクライナみたいに侵攻される恐れがあります。したがってウクライナ問題は日本にとっても他人事ではありません。
(2022年2月28日)


次回へ    前回へ    最新ページへ    つぶやき最終回