
前回「木枯らし1号」を670と間違えてナンバリングしていたことに気付き、660に訂正しました。11月8日、新生雫石町70周年記念式典に出席するため、在京雫石町友会8名が雫石に向かいました。式典出席の後、「アーチェリーセンター」を見学し、その後鶯宿温泉の宿で雫石町幹部たちと懇親、宿泊して翌日帰って来ました。
■ こまち9号で雫石へ
大宮9:32発→11:38雫石着のこまち9号で雫石駅へ降り立ったのは7名、1名は先に車で雫石へ来ていて、雫石駅改札の外で迎えてくれました。なお、こまち9号の車内で、東京出張帰りの雫石町議会議員とバッタリ、顔なじみですが、やはり70周年記念式典に出席するために帰ってきたのだそうです。


■ 新生雫石町70周年記念式典会場は先日クマ被害に
式典は2025年11月8日(土)13時30分から雫石町中央公民館野菊ホールで行われました。この会場はつい先日全国ニュースで有名になりました。10月30日午前6時25分ごろ、雫石町中央公民館正面入り口の自動ドアにクマがぶつかり、ドアが破損したのです。盛岡西署によると、ガラス戸2枚にひびが入り、下部フレームが壊れたそうです。防犯カメラには自動ドアに向かって突進し、衝突した後、立ち上がってバンバンしてから逃げ去る体長1メートルほどのクマ1頭が映っていました。なおNHKによりますと熊がガラスに突進するのは、外から見て黒く見えるため、姿を隠そうとしてぶつかるのだそうです。また熊が立ち上がるのはビックリしたときだそうです。一昨年のクマ騒動以降、熊の研究で有名になった岩手大学農学部の山内貴義准教授の見解が伝えられましたが、今年山内先生はますます引っ張りだこになっています。10月28日にはその岩手大学構内でもクマが目撃され、これは初めてのことだそうですが、今やどこに出てもおかしくない状況です。雫石町中央公民館向いの雫石町役場でも、過去何度か職員がクマを目撃しています。



■ 新生「雫石町」の誕生
昭和30(1955)年4月1日、町村合併促進法に基き、雫石町、御所村、御明神村、御所村が合併して新生「雫石町」が誕生しました。当時最大の面積、人口を抱えていたのは御所村で、筆者は御所村安庭に住んでいました。安庭南東にある箱ヶ森の麓に繋地区があり、温泉が湧き出ていました。合併当時繋地区で分村運動が起こり、住民と村の間で話し合いが度々行われ、岩手県当局も乗り出して、繋地区の分村をせず、合併して新生「雫石町」に入るようにとの仲裁でしたが、繋地区の住民たちは納得せず、結局御所村が折れて、繋地区は盛岡市に編入されました。その後繋温泉東側、雫石川の下流に「御所ダム」というロックヒルダムが建設され、積み上げる土砂と岩を掘るために七ツ森のうち一つをつぶしました。繋温泉は水没し、旅館は山の上の方に引っ越しました。我が生家も水没したため、小岩井農場と御所湖の間に有る七ツ森の麓に新しい家を建てて引っ越しましたが、完成する直前に筆者は上京したので、帰省して初めて新しい家を見ました。




■ 雫石事故
1971年8月1日から筆者は就職の内定していた会社に入社前実習という名目で行くことになっていました。大卒者に内定を出していても、逃げられないように夏休みに工場で各種体験実習をさせて、旅費とお手当を出すという、いわゆる囲い込み策です。7月31日に上京することになっていて、池袋近くの千川にある研修センターに泊まり込んで、埼玉県入間郡大井町にある「技術センター」という新しい建物での実習でした。当時はまだ東北新幹線は無く、国鉄の特急はつかり号で盛岡−上野間6時間10分、やまびこ号で6時間半ぐらいかかりました。それでも年々高速化していたのです。7月30日、夏休みの最後の日を楽しもうと、友人と二人それぞれのバイクに乗って雫石川に出掛けました。ヤス(魚を突く銛)を持って、黄色いタオル地のアロハみたいな上着に海パン、草履のいでたちで、もちろんヘルメットを被り、麦わら帽子も持参していました。「町場」という地名のところで雫石川に入り、潜って魚を追っていたら、いきなりスゴイ音がしたと思いきや、友人に肩をつかまれました。見ると上を指さしています。14時頃の事です。上を見たら空から何かが落ちて来ます。これはヤバイ、バイクに乗って必死に逃げました。途中、チラチラ空を見ますと、木の葉落としに落ちてくるものが見えます。もうここなら大丈夫だろうとバイクを止めて、空を見たら、パラシュートが開いて降りて来る人が居て、自衛隊の戦闘機がグルグル旋回していました。この地域は雫石町と盛岡市の境界で、70年前は御所村でした。後で分かったのは、162名が亡くなった、当時航空機事故としては死者最多の「雫石事故」です、現場がもうちょっと東寄りだったら「盛岡事故」という名前になっていたでしょう。これについてはつぶやき184『航空機事故』(2006年7月23日)及びESSAY334『古希』(2019年8月5日)をご覧ください。テレビインタビューを受けた唯一の思い出です。遺体収容所となった母校の校庭の片隅で...





■ 記念式典の内容と来賓
会場入場に当たり、金属探知機による検査を受けて入場しました。安倍晋三元首相暗殺事件以来、警備が厳重になりました。特に鈴木俊一自民党幹事長以下国会議員のメンメンが参列するので、屈強なSPが警護する厳戒ぶりでした。式典は開式のことば〜町勢功労者表彰〜国歌斉唱〜式辞〜来賓祝辞〜来賓紹介〜祝電披露〜町民歌斉唱〜閉式のことばの順で、おごそかに執り行われました。出席者は400名、岩手県知事達増拓也氏の代理:佐々木淳副知事、国会議員…鈴木俊一衆議院議員、階猛衆議院議員、木戸口英司参議院議員、横沢たかのり参議院議員、城内愛彦岩手県議会議長ほか県議会議員、鈴木重男岩手県町村会会長、内舘茂盛岡市長他盛岡広域八市町首長全員、隣接する西和賀町長、秋田県仙北市長、「雫石事故」の大多数を占めた犠牲者の追悼・慰霊の縁で交流が続いている静岡県富士市長、高知県安芸市長、他省略 岩手県選出国会議員は小沢一郎氏以外全員です
続いて第二部は地元小中学生の合奏、雫石高等学校の生徒発表「世代をつなぎ地域を創る」、そして芸能の町・雫石にふさわしい郷土芸能伝承活動細川会の演舞が、雫石生まれ雫石育ちの福田こうへいの歌にのせて華やかに行われ、盛り上がりました。








■ 雫石町アーチェリーセンター
記念式典終了後、雫石町のマイクロバスで雫石町アーチェリーセンターに行き、施設見学と体験をさせてもらいました。鶯宿温泉に隣接した旧南畑小学校の校庭に建設されました。いわて雫石アーチェリーセンターは、2016年希望郷いわて国体でアーチェリー競技を開催したことをきっかけに、国体のレガシーを継承しつつ、今後「アーチェリーの町しずくいし」を目指していくため雫石町が建設した施設で、施設内から屋外の的に向けて最大37名が同時に射つことができる国内最大級のアーチェリー屋内射場です。メインコーチを務める町職員、小野寺まどかさん(26)は2019年茨城国体の成年女子優勝メンバーで「何歳からでも始められ、年齢や性別を問わない生涯スポーツです、是非楽しんでください」と話ておられました。実際に射てみせてくれましたが、70m先の的の風船にピタリ命中、オ〜〜〜と驚きの声が上がり、パチパチ、一斉に拍手が巻き起こりました。アーチェリー競技は韓国が圧倒的強さを誇り、機材も韓国製が多いそうです。競技人口の違いが強さの秘密で、日本も小学生のうちから選手を育てないといけませんが、機材が高価なのが難点です。


■ 寂れる鶯宿温泉
その後、鶯宿温泉「ホテル清光荘」まで送って頂き、ここで雫石町幹部たちと交流会、初めて泊まった宿です。鶯宿温泉の老舗ホテル「加賀助」は我が定宿ですが、その部屋の窓から正面に見えました。隣は鶯宿温泉の源泉かけ流しの名旅館として全国に知られた「長栄館」ですが、現在は閉館して、東京資本2社が再建、来夏リニューアルオープン予定です。「ホテル清光荘」は古い温泉宿ですが、町長曰く「こういう宿は料理が美味しいんだよ」とのこと、確かに美味しいけれど品数多過ぎて食べきれませんでした。
鶯宿温泉は閉館する宿が相次いでいて、温泉の泉質が良く、湯量も豊富なので惜しむ声が多いのですが、全国的な温泉街の寂寥化の流れと同様、人口減少と人手不足、都市型スパへの温泉文化の変化に着いて行けないのが現状です。星野リゾートと伊東園という両極端の高価/廉価路線のどちらかに進まなければ、中間の温泉旅館は1泊2万円程度で、実質所得がず〜〜〜っと減り続けている日本人には手軽に楽しめない存在になりつつあるのです。



実はこの「虹の似合うまち雫石町」マークの下は閉館した宿なのです。隠れたのは「温泉民宿とちない」、「ホテル長栄館」、「寿広園」、「かどや旅館」、「ホテル赤い風車」です。右上の「ホテル偕楽園」は和風数寄屋造りの宿として有名でしたが、私たちが「ホテル清光荘」に泊まる4日前に事業停止、破産申請の準備に入りました。実は最盛期にはこのパンフレットの倍以上の温泉旅館があったのですから、いかに鶯宿温泉がピンチなのかが分かりますね。レムナント鶯宿のように素泊り専門に転換する宿も出てきました。
■ 丸長閉店
先日懐かしの肉野菜炒めを食べたいなと福岡中央公園の道路挟んで対面にある中華「丸長」に行ったら、シャッターが下りていて何やら貼り紙が・・・イヤな予感がしました。ヤッパリ、「11月3日をもって閉店いたしました。永らくのご愛顧有難うございました」・・・アチラでもコチラでも、個人店舗は後継者が居なければ閉じるしかありません。若い頃、残業に備えて出前を取る、蕎麦やカツ丼は「砂場」、肉野菜炒めやラーメンは「丸長」、カレーライスは「レストラントータス」でした。時代は変わる、時は過ぎる、仕方ないのかな。
■ NHKから国民を守る党の立花孝志党首逮捕
政治団体「NHKから国民を守る党」党首の立花孝志容疑者が名誉毀損(きそん)の疑いで兵庫県警に逮捕されたのを受けて、同党所属の斉藤健一郎参院議員は11月11日、自民党との参院会派を解消すると表明しました。「現政権にご迷惑をかけた責任と政治の停滞を避けるべく、自民との会派解消を申し出た」とのこと。名誉毀損罪の疑いでの逮捕はあまり聞いたことがありませんが、兵庫県警としては、自殺者まで出ている状況に照らして、見せしめの意味でも逮捕することに意義があったのでしょう。言論の自由はあるにせよ、デマでひとをおとしめる自由など存在しないからです。兵庫県の斎藤知事は記者会見でこの逮捕の感想を問われ、妙に落ち着かない仕草を見せました。立花孝志容疑者の二馬力選挙で当選できたからです。

■ ドルは危ないが、円も危ない
片山さつき財務大臣が「最近の円安は行き過ぎだ」と述べました。円安がインフレの原因で、過度の変化は容認できないという認識を示したのですが、投機の動きは止まりそうもありません。いよいよなら為替介入するかもしれません。米国のベッセント財務長官は早くから警鐘を鳴らしています。みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト;唐鎌大輔氏の持論は「円安はあくまで日本固有の要因に根差した動き」ということです。円は過去3年間、全面安を強いられていたにもかかわらず、年初来の強烈なドル安相場には入れて貰えませんでした。2025年4月以降(すなわちトランプ関税が始まって以降)ドルの基軸通貨性に疑義が生じ、「ドル離れ」が為替市場で争点化し始めて、主要通貨では欧州通貨の騰勢が目立っています。米国から欧州への資金ローテーションが起きているのです。名目実効為替相場で見ても、年初来で明確に下落しているのはドルと人民元くらいですが、日米金利差が縮小しても円売りが止まらないのは、日本政局不安とこれに付随する拡張財政への不安が円金利上昇の背景にあるのだとすれば、ある程度納得出来るところだというのです。結局、「ドルは危ないが、円も危ない」という市場の思惑を読み取るほかない・・・と言います。特に高市政権になって円安に拍車がかかる傾向です。
■ 同得票〜くじ引き
茨城県の神栖市長選挙は、3選を目指し市政の継続を訴えていた現職の石田進氏(67)と、「市長の交代で市政再起動」を訴えた新人で元市議会議長の木内敏之氏(64)の2人が立候補、ともに得票数が1万6724票で同数になり、公職選挙法の規定に基きくじ引きの結果、木内氏の当選が決まりました。神栖市の有権者数は7万6130人、投票者数は3万3667人で無効は219票、投票率は44.22%で過去最低でした。石田進氏は票の再点検を求め、選管も受理しました。議会議員選挙では過去にも同数でくじ引きの事例はありますが、1万6724票もの多くの票で同数というのは驚きです。
■ 仲代達矢さんご逝去
映画「人間の條件」や黒沢明監督の「影武者」などに主演し 主宰する「無名塾」で役所広司さんら後進の育成に努めた俳優で文化勲章受章者の仲代達矢(なかだい・たつや、本名元久=もとひさ)さんが11月8日死去したことが分かりました 92歳でした 東京都出身で 怪我をして入院していた病院で肺炎のため亡くなったとのことです 安らかな眠りを祈ります 合掌
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(2025年11月12日)
つぶやき最終回