648  映画「国宝」

 前回は避暑で万座温泉へ、翌日は四万温泉の万万温泉巡りを紹介しました。帰ってきた途端、草津白根山が「噴火警戒レベル2」に指定され「志賀草津道路」が通行止めとなりました。こうなると万座温泉へは軽井沢方面からしか行けません。何より長野県の志賀高原は観光客の足の問題で大弱りでしょう。「志賀草津道路」は雲上のハイウェイと言う感じで2000m以上の高地を車で走る快適さは経験した人しか分かりません。一番書き入れ時なのに、観光関係者は困ってるでしょうね。

■ 水不足のニュース、その後
 前回、今夏は記録的な猛暑、少雨で、「コメどころ」の東北や新潟、北陸では、少雨による水不足も重なり、農作物の生育に影響が出始めています。7月31日時点で我が生家が湖底となった岩手県雫石川の御所ダム(盛岡市)や、宮城県大崎市の鳴子ダムで最低水位を下回り、貯水率0%となっていますと書きました。ところがその後、九州や北陸で災害級の大雨が降りました。では宮城県大崎市の鳴子ダムはどうなったか?7月31日時点で貯水率0%でしたが、8月11日正午時点でも同じです。岩手県雫石川の御所ダム(盛岡市)も8月5日昼時点まで貯水率0%でしたが、5日以降雨が降ってあっと言う間に水がたまり、8月7日21時30分に貯水率100%になりました。新潟県のダムも水が溜まってきています。このように災害級の大雨が降っている地域もあれば、まだ水不足の地域など、所によって大分違うようです。我が家でもこのところやっとパラパラ雨が降り、一息つきました。しかもお盆期間中シトシト雨が降るようです。このところ荒川や利根川の水量を見ていますが、見た目にも十分です。首都圏の水がめの利根川水系、荒川水系、多摩川水系、相模川水系の上流ダムの貯水率も十分だそうです。ウェザーニュースで全国のダム貯水率がリアルタイムで見られます。これによるとそれほど心配するような状況ではないみたいですが、一部地域でダムの貯水率が低い地域があり、これをニュースで取り上げるので水不足イメージが拡がっているようです。鳴子ダムは貯水率0%ですが、8月10日正午時点で近くの花山ダムは25.6%、荒砥沢ダムは25.1%、栗駒ダムは5.3%、ここまで宮城県北部のダムで、岩手県南部の胆沢ダムは20.3%、北へ向かうと湯田ダムは78%、御所ダム98.6%です。

TBS8月4日放送のNスタの画面から
 大分県の山国川水系の上流にあって中津市や北九州市などの水源の1つになっている耶馬渓ダムは、梅雨明け以降、極端に雨が少ない状況が続いている影響で貯水率が低下し、中津市では、取水制限が始まる可能性があることを受け、渇水対策本部を設けるとともに市内7ヶ所に給水所の設置を準備するなどの備えを進めていました。これがつい3日ほど前の話です。8月10日には、花火の打ち上げなどが行われる地元の一大イベント「耶馬溪湖畔祭り」が開かれる予定でしたが、貯水率が低下している影響で来場者向けに予定されていたダム湖でのボートやカヌーの体験は、中止になりました。ところがそんなこと言っていたらにわかに天候急変し、天候不良のため祭り自体が8月13日(水)に延期となりました。さらに「水不足」や「祭り延期」などから一転、九州各地で線状降水帯が発生し、熊本県などは命の危険にさらされる大雨、中津市にも大雨警報が発令され、11日夜のはじめ頃にかけて土砂災害警戒、11日明け方にかけて浸水警戒、1時間最大雨量70mm、災害を心配する事態に変わりました。

■ 余熱利用施設「エコパ」が休館
 8月1日(金)いつものようにふじみ野市・三芳町余熱利用施設エコパに行ったら、駐車場がガラガラ、アレ?何かあったな、と思って張り紙を見たら「臨時休業のお知らせ」がありました。これはイカン、直ちにさいたま市の桜環境センターに向かいました。6月13日(金)にも同じことがあり、エコパに向かう途中で知り合いの方からエコパ営業中止の電話連絡があったことを641『代替湯』(2025年6月22日)で紹介しました。このときは電源故障で、休みは1週間続きました。


空からの俯瞰写真…左上から斜めに新河岸川が流れています
中央にふじみ野市・三芳町清掃工場、脇にはドッグランもあります
手前がエコパで、広い駐車場があり、丸い建物はバーデプールです
 さらに1週間後の8月8日(金)にはホームページ上に「臨時休館のお知らせ」が掲載され、朝霞保健所の検査で基準を超えるレジオネラ属菌が検出されたということで、施設内のすべてのお風呂、プールの水の入れ替え、洗浄をした上で、再度水質検査をして万全な状態で再開したいとのこと、これはだいぶ時間がかかりそうです。

■ レジオネラ属菌の繁殖と感染症
 レジオネラ属菌は、湿った土壌中や河川、湖沼、温泉などの淡水環境中に広く生息しています。アメーバなどの原生生物に寄生し、その中で増殖した後、宿主を破壊してまわりの水中に出てきます。20〜45℃で増殖し、最も適した温度は36℃前後だそうですから、銭湯やエコパのような入浴施設は絶好の舞台となります。人工的なクーリングタワーや循環式浴槽等では、水が滞留しやすく、レジオネラ属菌が繁殖しやすい環境にあるため衛生管理が重要とされています。循環式浴槽の湯などで増殖したレジオネラ属菌が、エアロゾル(細かい霧やしぶき)に含まれた状態で飛散し、それを吸入することによって感染し、ポンティアック熱または重症のレジオネラ肺炎の症状を起こします。温浴施設では、エアロゾル発生を防ぐため、ブクブクする発泡風呂を廃止するところも出て来ています。ヒトからヒトへ感染することはないと考えられています。

■ 「エコパ」ではMIOX(マイオックス)導入で安全・安心と思っていたが?
 エコパでは安全・安心の水を提供するため、MIOX(マイオックス)を導入しているのが売りでした。塩と水を使い独自の特殊電解セルにより、殺菌剤(混合酸化剤)をつくる新殺菌浄化システムです。 MIOXは、塩素との比較では、殺菌力は10倍、殺菌スピードは3500倍以上と優れた殺菌力がありながら、塩と水の電気分解でできているため、塩素の独特な臭いもなく、肌や髪の毛にもやさしい水で、これがプールや浴槽で使われているということから、レジオネラ属菌なんてアリエナイとばっかり思っていました。いったいどうしてこんなことになったのでしょうか。

■ 桜環境センター通いが続きそう
 しばらく桜環境センター通いが続きそうです。片道14kmチョット、ただ、国道254号線バイパス川越富士見道路から延伸して富士見和光道路が一部開通して、その終点を左折すると宗岡小学校〜秋ヶ瀬橋経由桜環境センター到着、すごく時間短縮されたので有難いですね。

北側から見たさいたま市桜環境センター

■ 映画『国宝』を観ました
 ようやく映画『国宝』を観ました。6月6日に全国公開され、25年公開の実写映画興行収入No.1間違いなし。8月6日までの2ヶ月間の累計興行収入は88・2億円、観客動員も629万人を記録する大ヒットとなり、最終興行成績100億円超えも見えています。観た人の感想をテレビで見たら、歌舞伎の面白さを納得したとかいうので、どんなに面白いのか楽しみにしていました。上映時間3時間10分なので、必ずトイレに行ってから見るようにとか、「ボンタン飴」をなめると良いらしいとかいう話で、そこまでするの?と思っていました。ただ、監督が李相日ですから、これは見なければ・・・なにせ643『いわき湯本温泉』(2025年7月7日)で紹介した2006年の映画「フラガール」の監督です。常盤ハワイアンセンターでの実話を元にした作品で、その年の国内の映画賞を総なめにし、日本代表作品として米アカデミー外国語映画部門にエントリーされた映画の監督です。これは面白くないわけがありません。

映画「フラガール」のシーン

■ 黒川想矢の演技に驚きました
 映画の冒頭は1960年代の長崎「立花組」の宴会シーンから始まります。宴会の座頭である組長立花権五郎(永瀬正敏)とその妻マツ(宮澤エマ)のもとへ、上方歌舞伎役者花井半二郎(渡辺健)がやってきて、そこで余興の歌舞伎風の舞台が演じられますが、その女形の演技に半二郎は目を瞠ります。なんだこの若者は、と驚く半二郎に「わしの息子ですよ」と立花組長は言います。舞台が終わり、立花組長の息子喜久雄(黒川想矢)が化粧を落としているとなにやら騒がしい、なんだ?と行ってみると宴会の席に殴り込みがあり、立花組長が射殺されます。半二郎は喜久雄を必死になって押さえ付けます、そうしないと殺されるからです。喜久雄役の黒川想矢はどこかで見たぞ、アッあれだ、NHK「剣樹抄〜光圀公と俺〜」で、若き徳川光圀(山本耕史)が、父を殺された無宿の少年:了助(黒川想矢)とともに、明暦の大火の火付け犯を追うドラマだ、長くて重い棒を振り回す少年だ、と思い出しました。このドラマは2021年放送(現在NHK・BSで再放送中)ですから、当時黒川想矢は12歳でした。小学校6年生です。目つきが鋭い、スゴイ俳優が現れたと驚きました。2023年の是枝裕和監督の映画「怪物」では麦野湊役が高く評価され、日本アカデミー賞新人俳優賞など多数の賞を受賞しました。

立花喜久雄役の吉沢亮と黒川想矢(少年時代)

■ 父を殺され、歌舞伎の世界に身を投じます
 映画『国宝』は任侠の家に生まれながら、歌舞伎役者として芸の道に人生を捧げた男の激動の人生を描いた人間ドラマです。任侠の一門に生まれた喜久雄は15歳の時に抗争で父を亡くし、天涯孤独となってしまいます。喜久雄役の黒川想矢の演技が素晴らしくて、アレ?主役は吉沢亮じゃなかったかな?と悩んでしまいました。父を亡くした喜久雄の天性の才能を見抜いた上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎は彼を引き取り、厳しく芸を仕込みます。喜久雄は半二郎の跡取り息子・俊介と兄弟のように育てられ、親友として、ライバルとして互いに高めあい、芸に青春を捧げて行きます。高校を卒業後、喜久雄は吉沢亮に切り替わり、歌舞伎の世界へ飛び込むことになります。そんなある日、事故で入院した半二郎が『曽根崎心中』の自身の代役に俊介ではなく喜久雄を指名したことから、2人の運命は大きく揺るがされることになります。
 主人公・立花喜久雄(花井東一郎)を吉沢亮、喜久雄の生涯のライバルとなる大垣俊介(花井半弥)を横浜流星、喜久雄を引き取る歌舞伎役者・花井半二郎を渡辺謙、半二郎の妻・大垣幸子を寺島しのぶ、喜久雄の恋人・春江を高畑充希(後に大垣俊介の妻となります)、歌舞伎興行会社社長の梅木を嶋田久作、その部下竹野を三浦貴大、喜久雄が歌舞伎界のスター・千五郎(中村鴈治郎)の怒りを買い、歌舞伎界に居られなくなったときそれを支える千五郎の娘・彰子を森七菜、喜久雄の愛人である京都の芸者藤駒を見上愛、その娘・綾乃を瀧内公美が、そして女形人間国宝・小野川万菊を田中泯が演じました。歌舞伎役者の成駒屋・中村鴈治郎が歌舞伎を演じず、俳優の吉沢亮や横浜流星、渡辺謙、田中泯が演じる歌舞伎について、歌舞伎役者たちは素晴らしいと高評価だそうです。

「鷺娘」を演じる田中泯


上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎役の渡辺謙

■ 大ヒットの理由
 この映画が何故大ヒットしたのか?伝統芸能を美しく映し出す芸術性と、熱量高く演じられた人間ドラマのエンターテインメント性を両立させた作品性にあるのだそうです。その背景にあるのが、年配層の歌舞伎ファンからの圧倒的な支持で、そこを震源地に話題が広がり、話題作以外では映画館に足を向けない若い世代の関心も引いているとのこと。ただ筆者的には「何が面白いの?」と思いました。年を重ねて、いろいろなドラマチックな出来事に遭遇したためか、子どものように単純に感激したり感動することが無くなったためかもしれません。少年野球や高校野球の試合の方がずっと面白いです。ただ多分観客は「面白い」と思って見ているのではなく、歌舞伎という芸と、その世界の厳しさ、役者を支える女たちの存在、主人公の一徹さなど、多方面から惹き込まれて行くのでしょう。父を殺された喜久雄は背中に入れ墨を彫り、その恋人・春江(高畑充希)も同じく背中に入れ墨を入れて、「うち、喜久ちゃんがおらんかったら生きていけんもん」と言います。しかし春江は喜久雄に「結婚しよう」と言われても首を縦に振りません。「喜久ちゃんは役者。いまが登り坂の大事なとき。うち、うんと働いて喜久ちゃんの一番のご贔屓になる」と言います。「悪魔との取引」で歌舞伎が上手くなること以外に何もいらないと言った喜久雄の本質を見抜いていた春江は、もうこの人に自分は必要ないと悟ったのでしょう。花井半二郎(渡辺謙)が自分の代役を喜久雄にやらせたのは、実は息子の俊介に成り上がってもらいたくなかったからで、泣いて馬謖を斬る思いでの決断でした。10代の頃の俊介が父とともに踊っていた演目「連獅子」では、白い毛の親獅子、赤い毛の子獅子のそれぞれが豪快に毛を振っていました。この演目の中で、親の白獅子は我が子を谷底に落とし、這い上がってくるのを待ちます。「獅子の谷落とし」です。この白い獅子を演じていた父が、後に「白虎」を襲名し、倒れて亡くなる、父の思いを理解できない俊介を支えたのが春江でした。この人にこそ自分が必要なんだと思い、二人は失踪してしまいます。ドサ回りで、初心に帰り役者としての本質を磨こうとしたのです。二代目「花井半二郎」は糖尿病で眼が見えなくなってきました。まだ見えるうちにもう一花咲かせたいと、二代目半二郎(渡辺謙)は「花井白虎」を襲名、そして花井東一郎(喜久雄)は三代目「花井半二郎」を襲名することになりました。人間国宝・小野川万菊も同席した襲名式のさなか、二代目半二郎が血を吐いて倒れ「俊ぼん… 俊ぼん…」と息子の名を口にしながら世を去ってしまいます。やはり息子が大事だったんだ、と気付いた喜久雄はガーンとショックを受けます。喜久雄は、自分は2号でも3号でもいいと言う芸妓・藤駒(見上愛)と関係を持ち、娘の綾乃が生まれますが 籍は入れず、家族としての責任を果たすこともありませんでした。神社で願い事をしていた父に綾乃は「お父ちゃん、何お願いしてたん?」と問うと「お願いちゃう、悪魔と取引してたんや」と答えます。悪魔と取引してでも芸を極めたかったのです。三代目「花井半二郎」襲名時の行列に綾乃が「お父ちゃん」と呼び掛けても振り向きもしません。やがて父の死の後、上方歌舞伎に戻ってきた俊介は小野川万菊の支えで花井半弥として歌舞伎界に復帰し、花井半二郎は逆に落ちぶれ、週刊誌に背中の彫り物や生い立ちをすっぱ抜かれて歌舞伎界での立場が無くなって行きます。歌舞伎界の名家の娘・彰子(森七菜)はそんな喜久雄を、地方のドサ回りをしてでも支える女です。

花井東一郎→半二郎の吉沢亮


花井半弥の横浜流星

■ 歌舞伎という伝統芸能の世界で生きる人々の栄光と挫折、そして再生の映画
 映画『国宝』は、歌舞伎という伝統芸能の世界を舞台に、そこで生きる人々の栄光と挫折、そして再生を描いたものです。上方歌舞伎の名門の当主に引き取られた任侠一門の子どもが、当主の血を引く息子との血筋と才能をめぐる跡目争いを経て、人間国宝になるまでの壮絶な人生が描かれます。名門一家の跡取りを巡る、努力ではどうにもならない“血筋と才能”の葛藤にもがき苦しみ、半・半コンビはそれぞれ壮絶な人生を歩むことになります。失踪してドサ回りして「ほんもんの役者」になって戻ってきた俊介を万菊は抜擢し、稽古をつけます。それを横から覗き見る喜久雄の姿を認めた万菊は、俊介に語りかけながらも、明らかに喜久雄にも聞かせるように、役者の道を説きます。「あなた、歌舞伎が憎くて憎くて仕方ないんでしょう。でもそれでいいの。それでもやるの。それでも舞台に立つのがあたしたち役者なんでしょうよ」。

俊介に稽古をつける人間国宝・小野川万菊(田中泯)
 一度は歌舞伎界から追われた主人公ですが、花井半弥(横浜流星)を復活させた女形人間国宝・小野川万菊(田中泯)が90歳を越えて引退した後、興行会社の竹野(三浦貴大)が会いに来て「もう一度復帰しないか?」と言います。小野川万菊が会いたいと言っているとのことでした。映画序盤で小野川万菊が披露する『鷺娘』に多くの観客が言葉を失い、喜久雄や俊介も見入ってしまいます。まさに女形の極地ですね。喜久雄に初めて会ったとき「美しいお顔。でも芸をするなら邪魔も邪魔。そのお顔に食われないように」と言います。万菊の『鷺娘』が喜久雄の運命を決定づけたと言っても過言ではなく、彼が“悪魔と取引き”してでも女形を極めたいと思ったきっかけとなった人物なのです。万菊は喜久雄の才能を見出していましたが、歌舞伎界から追われようとした時も喜久雄の庇護者は引き受けませんでした。引退後喜久雄を呼び戻して部屋に招き入れた万菊は「ほんもんの役者」になっただろうかと見極めたかったのだろうと思います。「この部屋には美しいものが一つもないから落ち着く」「もういいんだよと言われている気がする」と告げます。そして万菊は「踊りなさい」と言い、その芸を認めて、死に行く自分の後継を喜久雄に託します。引退しても人間国宝の言うことは絶対で、喜久雄は歌舞伎界に復帰できました。ただ彰子(森七菜)は喜久雄に見切りを付けて去って行ったのではないかと思います。これを機に半弥と半二郎は再び手を取り合って「二人道成寺」を演じる事になります。やがて半弥(俊介)は父譲りの糖尿病で片足を切断、それでも半弥は『曽根崎心中』を演じたいと言い、半二郎と二人で最高の『曽根崎心中』を演じ切ります。「死ぬる覚悟が聞きたい」とお初になりきる半弥(俊介)、女形のはずの半二郎(喜久雄)が徳兵衛役で、舞台で倒れ、必死に舞台袖まで歩く半弥(俊介)、「死ぬ怖さと、惚れた男と死ねる嬉しさ」を見事に演じました。「曽根崎心中」の後、物語は一気に国宝認定のシーンへと飛びます。インタビュアーに「女形を極められた三代目はこの先どこへ向かわれるのでしょうか」と聞かれ、喜久雄は「なんやずっと探しているものがありまして。景色なんですけど」と答えます。これは雪の中で父・権五郎(永瀬正敏)が倒れていく時の景色でしょう。この景色と最も近いものを見せてくれたのが、万菊の「鷺娘」でした。宙を舞う紙吹雪が、父の背に降った雪に重なります。ラストシーン、巨星・万菊が演じたのと同じ「鷺娘」を、喜久雄が踊ります。舞の終盤、鷺娘はもがき苦しみ、力尽きて息絶えるのです。多くの人々を犠牲にしながらも芸を極め、とうとう探していた景色にたどり着いた喜久雄は、「きれいやなぁ」とつぶやきます。その瞬間、観客が視界から居なくなり、自分の世界に入る、それは「死の美」かもしれません。父が死ぬときの光景です。「何かを極める」ということが、どれほど孤独で過酷で、人間らしさを削り取っていくかが描かれた映画です。

半半コンビの「藤娘」

■ 吉沢亮演じる稀代の女形に惚れた女たちの犠牲と赦し
 『国宝』を観て、横浜流星はもちろんカッコイイですが、吉沢亮の艶やかさとエロさが光りました。渡辺健や田中泯の渋さもいいですね。人生のラストスパートに差し掛かっている80代のおばあちゃんたちが「また観たい」と言うそうですよ。そんな映画が他にあるでしょうか。しかし女形として人間国宝に認定された喜久雄がマスコミの取材を受け、最後に写真撮影、その女性カメラマンこそが、芸妓・藤駒との間にもうけた婚外子の綾乃でした。彼女は「藤駒という女性を覚えていますか?」と問うと、喜久雄は綾乃と認識していました。「あなたがここに辿り着くまでにどれだけの人を犠牲にしたと思うとるん?」と父を責める一方で、喜久雄の芝居に対して「お正月を迎えたような、ええこと起こりそうな、なんもかんも忘れて見たこともないところに連れていかれるような、そんな気持ちになって...気づいたらめいっぱい拍手してた」と語り、最後に「お父ちゃんは、ほんまに日本一の歌舞伎役者にならはったね」と告げます。この綾乃の言葉は、圧倒的な才能を宿す喜久雄を支えてきた春江、藤駒、彰子の3人が胸に宿していた思いを代弁するものでした。歌舞伎の世界は女も男が演じる世界、男だけが照明と喝采を浴びることが許される世界で、彼らを裏側からサポートし続けてきたすべての恋人、妻、愛人、そして娘たちの声だったのです。プライベートでどんな目に遭っても、たとえ捨て置かれても、舞台に立つ役者としての姿を見ていると、なにもかも忘れ、見たことのない世界に連れていかれる感覚になり、いつの間にかすべて赦して拍手してしまう…歌舞伎という光と影とが交差する世界はそんな女たちが支えてきたのです。映画『国宝』で李相日監督が描きたかったのは、ここにあったのではないでしょうか。それにしても、歌舞伎という松竹の出し物を東宝が映画化するのは面白いですね。

■ 歌舞伎座
 筆者は毎月歌舞伎座を見ます。と言っても向いの「いわて銀河プラザ」のある南海東京ビルで会議があるためです。歌舞伎座のチケットは1階桟敷席2万円、特等席:2万円、1等席:1万8000円、2等A席:1万5000円、2等B席:1万4000円、2等C席:9000円、3階A席:6500円、3階B席:5000円

東銀座の歌舞伎座外観


歌舞伎座内部

■ カズレーザーと二階堂ふみが結婚
 お笑いコンビ・メイプル超合金のカズレーザー(41・埼玉県出身)が、8月11日生放送のフジテレビ系『めざましテレビ』のラストに出演し、俳優・二階堂ふみ(30・沖縄県出身)との結婚を報告しました。カズレーザーと言えばインテリ芸人として知られ、金髪で常に全身赤色の服を着用しています。二階堂ふみさんは言うまでもなく、数々の賞を受賞するテレビ界、映画界のトップスター、2020年、NHK連続テレビ小説『エール』でヒロインを演じ、NHK大河ドラマ『平清盛』、『軍師官兵衛』、『西郷どん』など大河になくてはならない存在となりました。映画は数々ありますが、『翔んで埼玉』シリーズなど、この人無くてしては成り立たないものでした。テレビドラマ出演も数多く、『Woman』、『問題のあるレストラン』、『そして誰もいなくなった』、『フランケンシュタインの恋』、『この世界の片隅に』、『ストロベリーナイト・サーガ』、『プロミス・シンデレラ』、『VIVANT』(23年)などに出演しています。このニュースの後、二階堂ふみさんの所属芸能事務所「ソニー・ミュージックアーティスツ」は公式サイトで、「本人及び親族に対し、許可のない撮影および取材行為、つきまとい等の不審迷惑行為が報告されております」として注意喚起しました。

『翔んで埼玉』の二階堂ふみ

■ 広島・広陵高校夏の甲子園途中出場辞退
 開催中の第107回全国高校野球選手権大会で1回戦旭川志峯に勝利した広陵高校は、出場辞退を決めて発表しました。2回戦は叡明(埼玉)と大熱戦の末勝った津田学園(三重)と対戦予定でしたが、津田学園の不戦勝となります。兵庫県西宮市内で開かれた堀正和校長の会見には胸が詰まりました。出場辞退を判断した理由について「暴力事案については調査結果を兵庫県高野連に報告し、今大会の出場が認められたが、SNSでの大きな反響、誹謗中傷が出てきた。寮での爆破予告もSNS上で騒がれている。本校の生徒も登下校で追いかけられたり、寮での爆破予告もSNS上で騒がれている。人命を守ることが最優先だと考え、辞退に踏み切った。理事会の結果(出場辞退)を宿舎にいる野球部長に伝えた。選手は失意のどん底だったと思う。子供たちも心を立て直すことは難しいが、けさ9時半ごろにバスで宿舎を出て広島に向かっている。午後3時ごろに到着し、全員が寮生なので、いったん待機をさせ、私もこれから広島に帰って伝えたい。保護者会にも説明したい」と述べました。あくまで出場すると突っ張って欲しかったと思いますが、追い込まれしまったのでしょう。マスメディアでは、学校も高野連も暴力事案を甘く見ていたのでは?などという論調もありますが、そういう問題ではないでしょう。SNSで誹謗中傷するヤカラのほとんどは無関係の人間で、晴れの甲子園で頑張ろうとしている選手、指導者に対し余りにも思いやりがない行動には憤懣やるかた無しです。これは犯罪であるという形で、摘発すべきでしょう。

■ 釜本邦茂さん逝去
 1968年メキシコ五輪銅メダリストで 日本サッカー界を代表するストライカーとして活躍した釜本邦茂さんは かねてから病気療養中のところ 2025年8月10日午前4時4分 大阪府内の病院で肺炎のため死去されました 81歳でした 日本サッカー協会の元副会長で 政治家としても活躍されました 日本代表(1964〜1977年)時代には メキシコオリンピックで7得点を挙げ 得点王に輝きました 2005年には日本サッカー殿堂入りされました 国際Aマッチ男子歴代1位の75得点 日本リーグはヤンマーで202得点 スゴイのひと言です 安らかな眠りを祈ります  合掌
(2025年8月11日)


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