539  鶯宿温泉ホテル加賀助

 6月末の平日4日間、岩手県八幡平市のANAクラウンプラザリゾート安比高原を皮きりに、雫石町の鶯宿温泉、盛岡市の国立大学法人岩手大学、その隣の妹宅、そして新しい野球場、きたぎんボールパークを観るついでに義弟、義姉宅を訪問しました。

■ 鶯宿温泉ホテル加賀助の熱い湯を堪能
 『ANAクラウンプラザリゾート安比高原』で朝食をいただき、朝風呂に浸かった後、チェックアウト11時、送迎バスで『ANAクラウンプラザリゾート安比高原』→安比高原駅11:37JR花輪線→12:40盛岡駅に着きました。昼食や買い物の後、盛岡駅西口バスターミナル15時発の送迎バスで鶯宿温泉ホテル加賀助へ、アレ?バスが2台も来てる、どうなってるんだろうと思っていたら名前を呼ばれました。馴染みの従業員の方が「こちらへどうぞ」と案内してくれたのはバス運転手の後ろの席、「予約席」という紙が置いてあります。後ろのバスは社長が運転するようです。実はこの日は『VIEW大人の休日倶楽部・東北の名湯の旅』のツアー客が加賀助へ泊まるということで、団体客様用にバス2台、補助席まで倒して満席でした。ツアコンの女性に聞いたら、東京発3泊4日の旅、1日目は奥羽山脈の新玉川温泉、強烈な酸性湯と放射線でがん治療の方でいつも賑わっている秘湯です。その湯の強烈さは草津温泉なんてものではありません。脛に傷持つ者は入れませんね。傷口がまるでウィンナー炒めのようにパックリ開いてしまうからです。2日目が鶯宿温泉ホテル加賀助で、鴬宿温泉発祥の宿です。電話番号:019-695-2216 住所:〒020-0574 岩手県岩手郡雫石町鶯宿7-47 東北の名湯の旅に加賀助が選ばれた理由を推定すると、源泉100%のかけ流しの湯であるだけではなく、その湯温でしょう。なにしろ熱いのです。45℃はありますね。浴槽脇には備え付けの「湯もみ棒」があり、「熱い方は『湯もみ棒』にて『湯もみ』してからお入りください。それでも熱い方は水道の蛇口をひねり、湯温を下げてお入り下さい」と書いてあります。以前宿泊して、入浴した時に全国温泉巡りしている温泉オタクの方が「ここは熱くて良い風呂だ、網張温泉はけしからん」と怒っていました。理由を聞いたら、源泉かけ流しの場合、高温泉では入れる程度まで草津温泉『湯畑』のようにして温度を下げたり、熱交換器を使って水と熱交換して温度を下げるのが正道、水で薄めたら源泉ではなくなる、温泉かけ流しとは言えるだろうが、それは邪道だというのです。「網張温泉は以前は源泉かけ流しだったが、インバウンドに配慮してぬるくしている、けしからん、折角の良い湯なのに...」とのことでした。加賀助の湯に匹敵すると言えば福島・吾妻連峰の山懐に抱かれた「高湯温泉」ですね。ここも熱い!さらにツアー3日目は盛岡から東北新幹線で古川駅乗り換え、陸羽東線で鳴子温泉だそうです。確かに宮城県随一の名湯です。


鶯宿温泉ホテル加賀助の外観


加賀助の湯は熱い!
■ 部屋をグレードアップサービスしてくれました
 さて加賀助はじゃらんで予約したのですが、チェックインの時に女将さんが「和洋室のお部屋をお取りしておきました」とおっしゃる、エッ、部屋タイプ:<山側>和室10畳(禁煙・ユニットバス付)の予約だったのに、<川側>川のせせらぎと山の景色を見下ろしながら、ツインベッドの寝室に和室が付いた部屋にしてくれたのです。1泊2食1万3千円なのに申し訳ないですね、度々宿泊しているのでサービスしてくれたようです。実は518『みちのくひとり旅』(2023年2月12日)で紹介しましたが、磐梯熱海温泉随一のホテル華の湯に宿泊した翌日、盛岡つなぎ温泉湯守ホテル大観に宿泊した時、余りに立派な部屋に案内されてビックリしたことがあります。ここでもお得意様(リピータ)登録されててVIP待遇してくれたようです。こういうことをされちゃうと、また泊まりたくなるのが人情というものです。さて加賀助は「しずくいし産農産物提供店」5つ星認定の宿、料理長は優良調理師として岩手県知事から知事表彰を取得しています。こだわりの料理10品の和食膳は美味しかったですね。生ビール、日本酒、ウィスキーなどのお酒も頂きました。夕食は会食会場で、隣の宴会場はツアー客の皆様、会食会場は畳の和室にテーブルと椅子、私たちのような個人客用に用意された部屋で、連泊されてる方たちもいらっしゃいました。お年寄りで、普通は介護施設に入所されてるのが普通と思われる80代後半から90代前半の方たちがグループで連泊されてるのには全国温泉宿でもよく遭遇します。こういう方たちはお金があるから出来るのですが、それ以上にこうして湯治を楽しむことができるからこそ元気なのです。介護を受けてるよりずっと素敵です。こういうように歳をとりたいものだと思います。

鶯宿温泉ホテル加賀助の夕食


加賀助の和洋室の窓から観た早朝の風景・・・以前の定宿;長栄館が見えますね

■ 鶯宿温泉ホテル加賀助は大船渡高校の定宿
 実は鶯宿温泉ホテル加賀助のフロントには千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手のサインがあります。佐々木朗希が大船渡高校のエースとして、大谷翔平以来の160km/hを記録して俄然注目されましたが、盛岡市の岩手県営球場で行われる試合のときに宿泊するのは鶯宿温泉ホテル加賀助でした。その理由は監督の縁です。

加賀助のフロントにある佐々木朗希のサイン
 佐々木朗希が大船渡高校のエース時代、監督は國保(コクボ)陽平氏でした。彼は岩手県立盛岡第一高等学校→筑波大学→社会人クラブチーム「Tsukuba Club」を経て、2010年にアメリカに渡り、独立リーグで25試合に出場し、打率.254(59打数15安打)、2本塁打、7打点の成績を残すも、同年限りで退団し、帰国後に体育教師として岩手県立花巻農業高校に赴任して野球部監督となり、2017年4月より岩手県立大船渡高校に異動し、野球部監督に就任、2021年の夏の大会を以って監督を退任し現在は副部長です。鶯宿温泉ホテル加賀助の川口善昭社長は筆者の盛岡一高の後輩であり、その息子さんが筑波大学の野球部で國保陽平監督と一緒でした。筑波大学は野球界では理論的に日本で第一線の存在であり、少年野球でも理論的には筑波大学がトップと考えられる存在です。大谷翔平も日本ハムに入団した後筑波大学で野球理論を学んでいますし、佐々木朗希もロッテに入団してまずは筑波大学で野球理論を学んだことを見ても、日本野球界の支柱的存在です。國保陽平氏が大船渡高校の監督となった時、宿泊先として鶯宿温泉ホテル加賀助を選んだのは息子さんとのつながりもあり、社長が高校先輩であり、その繋がりでしょう。ちなみに2023年大船渡高校のピッチャーは佐々木朗希の弟で、夏の岩手県大会に出て来て、新しい「きたぎんボールパーク」で試合をするわけですが、宿は今年も鶯宿温泉ホテル加賀助だそうです。

■ 佐々木朗希が大船渡高校時代のエピソード
 2019年の第101回全国高校野球選手権岩手大会で大船渡高校は、高校生にして160キロ以上の球を投げる大谷翔平以来の怪腕・佐々木朗希がNPBばかりかMLBからも注目される存在として話題になる中、順調に勝ち上がり7月25日の決勝戦に駒を進めました。しかし、國保陽平監督は佐々木朗希の登板を見送り、花巻東高校に2-12で敗れ、35年ぶりの甲子園出場を逃しました。試合後は当然ながらマスコミが殺到したのに対し國保監督は「3年間で(佐々木が)一番壊れる可能性があると思った。故障を防ぐため、私が判断した」と登板回避の理由を説明しました。大船渡高校には2日間で250件の苦情が殺到し、その起用法を巡っては野球関係者や評論家の間でも賛否両論が巻き起こり、メディアでも大騒ぎになったことは皆さんご存知の通りです。今では当時の監督判断が妥当というのが大勢ですが、國保監督には地獄の苦しみだったのではないでしょうか。

大船渡高校時代の佐々木朗希投手

夏の甲子園岩手大会決勝で佐々木朗希を投げさせず花巻東に敗れた大船渡高校野球部の選手たちの
健闘を讃えた戸田公明大船渡市長(大船渡高校体育館で2019年7月26日) 右から2人目が佐々木朗希
 なお戸田公明大船渡市長は筆者と盛岡一高の同級生です。清水建設のお偉いさんでしたが、介護離職で大船渡に帰ったら市長選挙に引っ張り出され、2010年12月に当選して間もなく東日本大震災に遭遇、復興に励む姿がマスメディアに頻繁に登場しました。2022年12月3期目を終え、惜しまれて勇退しました。

復興状況視察に訪れた安倍晋三首相(当時)と戸田公明大船渡市長

■ 難波田城公園の古代蓮
 一昨年434『熱海土石流』(2021年7月4日)で、2017年に那須塩原温泉に行き、11の温泉地から成る塩原温泉郷の一つに数えられる畑下温泉に泊まった帰り、行田市の「古代蓮の里」に寄ったことを書きました。もう6年前になりますが、新型コロナウイルスも無く、あの頃は良かったですね。古代蓮は何度も見に行きましたが、富士見市の「難波田城公園」には行田市の古代蓮の里から移植した蓮が見られるよという耳よりの情報をGETして「難波田城公園」に見に行ったことを書きました。確かにあの巨大な蓮が咲いていました。昨年も何度も行きました。行田市の古代蓮の里は広くて、駐車料金¥500ですが、「難波田城公園」の蓮池は小さくて駐車料金無料です。古民家は懐かしい、土間があり、竈があって、我が幼少期の昔暮らしが思い出されて、貴重な施設です。
 
(左)富士見市難波田城公園の蓮(2021年7月3日筆者撮影) (右)行田市古代蓮の里の蓮(2017年7月3日筆者撮影)





(2023年7月10日)


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