我が家のキウイは勢いがすさまじく、隣家にドンドン侵食して行くため、泣く泣く伐りました。雄木、雌木両方です。これまでは伸びた枝を次々斬っていましたが、斬れば斬るほど勢いが増して行くようなものすごい生命力、諦めました。一緒に棚を這う葡萄「巨峰」はたくさんの実をぶら下げ、つまみ食いしていたら、早朝に「オナガ」や「ヒヨドリ」がやってきて盛んに食べています。残り少なくなりましたが、鳥が食べるなら、まっいいかと思っています。

オナガ

ヒヨドリ
■ 昭和100年ポータルサイト
来年は昭和元年(1926年)から起算して満100年です。政府はこれを記念して、「
昭和100年ポータルサイト」を開設しました。事務局は内閣官房「昭和100年」関連施策推進室です。

昭和100年ロゴ・・・しかし、昭和1(元)年=1926年
ですから、昭和100年=2025年じゃないですか?
ポータルサイトには下記のように書かれています。
明治以降、近代国民国家への第一歩を踏み出した我が国は、世界恐慌の発生等により日本経済が大きな打撃を受ける中、外交的、経済的な行き詰まりを力の行使によって解決しようと試み、進むべき針路を誤って戦争への道を進み、先の大戦で多くの人々が犠牲になった。この経験から、「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。」という誓いの下、外交、通商貿易、文化交流など、多くの分野で平和を希求する道を歩み、揺れ動く世界情勢の中にあって、国際社会の安定と繁栄に貢献してきた。今後とも、この平和を希求する歩みを続けるとともに、歴史の教訓を次世代に継承していくことが必要である。
また、戦後の我が国は目覚ましい復興と経済成長を遂げ、世界有数の経済大国へと発展し、「豊かさ」を実現した。科学技術の進歩、新しい商品等の創出、インフラの整備や各種施策の推進等を通じて国民の生活水準は著しく向上し、文化・芸術やスポーツなど幅広い分野で多くの人が活躍し、世界的な舞台での活躍も数多く見られた。
これらは昭和を逞(たくま)しく生きた先人たちの叡智(えいち)と努力の結晶であり、令和を生きる我々は、昭和の先人たちが築いた「豊かさ」の土台に立ち、その叡智(えいち)と努力に学びながら、歴史の流れの先にある、我が国の新たな姿・価値観を模索していくことが必要である。
現在、国民の約7割が昭和以前の生まれ、約3割が平成以降の生まれとなっている。今日の我が国は、少子高齢化の進展、感染症の脅威、地球規模の気候変動やそれに伴う自然災害の激甚化など昭和期とは異なる多くの課題や、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。こうした中、「昭和100年」を契機に昭和を顧み、先人の躍動に学び、昭和の記憶を共有することは、平成以降の生まれの世代にとっても新たな発見のきっかけとなり、また、世代を超えた理解・共感を生むとともに、リスクや課題に適切に対処しながら、幸せや生きがいを実感でき、希望あふれる未来を切り拓(ひら)く機会になる。さらに、いつの時代にあっても忘れてはならない平和の誓いを継承し、将来にわたる国際社会の安定と繁栄への貢献につなげていく機会になる。
このような観点から、幅広い分野にわたり、「昭和100年」関連施策を推進する。
昭和100年ロゴをみて疑問を持ちました。大正15年=昭和1(元)年=1926年ですから昭和100年=2025年のはずです。1926−2026の意味は1926+100=2026ということで、丸100年経ったらということ、100周年が2026年です。「昭和10
0年」ロゴの赤文字は100周年以降の飛躍を希望しているのでしょう。つまり終わった昭和、100年経ったら次の世界へ、という飛躍を、というふうに解釈します。
■ 国連危機〜グローバリズムの排斥
上の文章にある現状認識;
今日の我が国は、少子高齢化の進展、感染症の脅威、地球規模の気候変動やそれに伴う自然災害の激甚化など昭和期とは異なる多くの課題や、戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しているという部分、まさしくその通りです。日本は政府予測をはるかに超える急速な人口減少で人手不足になり、急速に社会が縮小する危機に瀕しているにもかかわらず「日本人ファースト」とか言って外国人を排斥する勢力が台頭、死ぬ前に「おたから」を売ってくださいと言う新聞広告やテレビCMが溢れ、「家」概念の消失で墓を守る思想が薄れ、樹木葬や海洋散骨で良いという風潮、様々な感染症がコロナ禍を契機に噴出、これだけ気候変動による激甚災害が世界中で増えているのに「
地球温暖化というのは世界に仕掛けられた最大の詐欺」として国連を非難する米国大統領、彼は2025年9月24日の国連演説で、「グリーンエネルギー詐欺から抜け出さなければ、あなたの国は失敗する」と述べました。まずはMAGAについて語り、アメリカと自分自身を称賛、アメリカは黄金時代を生きているとし、自分は七つの戦争を終結させたと述べ、これはノーベル平和賞に値する功績だと言いました。自分が進める平和構築に、国連は役立っていないと主張、多国間主義とグローバリズムを攻撃しました。ロシアによるウクライナ侵略やイスラエルによるパレスチナへのジェノサイドなどに対して無力な国連を嘲笑い、列席した各国首脳に対して「
あなたたちの国は地獄に落ちる」と言い放ちました。
「昭和100年」を契機に日本もこれまでの様々な関係を見直す時期かもしれませんね。

2025年9月24日の国連演説(BBCより)

海洋散骨
■ 昭和100年プロジェクト
2025年は昭和元年からちょうど100年目にあたります。昭和100年=2025年ですから「
昭和100年プロジェクト〜昭和から100年、そして未来へ」の民間プロジェクトほうが昭和100年にはピッタリですね。これはニッポン放送と日本経済新聞社が企画し、高砂熱学他各社が協賛しているものです。このプロジェクトの中にある昭和の写真を見ると懐かしいですね。


埼玉県の久喜菖蒲工業団地の中心にある昭和沼は我が勤務した会社の工場の隣でした
昭和29年の町村合併で久喜市が誕生し、沼の名前も昭和時代に名付けられたものと推測されます

我が先祖は岩手県黒沢尻(現北上市)の一族で北上川沿いの桜の名所「北上展勝地」開発者と言われます

我が生家の一帯の冬は雪深く、水道が無いので水汲みが大変でした

我が生家は御所ダムの建設により今は御所湖の湖底です

御所ダムの建設で代替地として七ツ森の麓、国道46号線(盛岡市と秋田市を結ぶ国道)に面した地に家を建てました
この豪雪に耐える家を建てるために地元の知合いの建設会社に依頼、頑丈な家でした
今は家を取り壊して、広い土地を売却した後、新しい家が建っています
■ 昭和と言えば
昭和は戦前と戦後でがらっと違います。戦前は戦争と暗さ、戦後は高度経済成長による「活気」「進歩」「人情味」を感じさせる出来事や文化、アイテム、そして「昭和レトロ」と呼ばれる独特のファッションや食べ物、雑貨などを思い浮かべる人が多いですね。今は様々なハラスメントが言われますが、昭和ではそれが当たり前でした。だからと言って辛くて暗いかと言えばその逆でした。戦後の成長は活力があって大変な競争社会でしたが、自宅に鍵をかけることもない、今では考えられませんね。「昭和レトロ」についてはこんなページがありますよ→
https://markless.jp/blog/77/

岩手・花巻の豊沢川沿い、様々な温泉のある地に「山の駅 昭和の学校」があります
廃校となった小学校を利用して、昭和のお店を再現したものです
上はちゃぶ台のある昭和の家庭の風景です
■ 宝島
我が高校後輩、大友啓史監督の映画「
宝島」が9月19日(金)封切られました。アメリカ統治下の沖縄で、自由を求め駆け抜けた若者たちの友情と葛藤を描く感動超大作とのキャッチです。。戦後沖縄を舞台にした真藤順丈の小説『宝島』、第160回直木賞をはじめ、第9回山田風太郎賞、第5回沖縄書店大賞の三冠に輝いた本作を、東映とソニー・ピクチャーズによる共同配給のもと、ハリウッドに拠点を置くLUKA
Productions Internationalも製作に参加して日米共同製作した作品です。主演には妻夫木聡を迎え、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら日本映画界を牽引する豪華俳優陣が出演し、クライマックスのシーンでは、延べ2,000人を超えるエキストラが投入され、歴史的ヒットとなった『国宝』の倍以上となる25億円の製作費を投じた作品だそうです。しかも上映時間が長いと言われた『国宝』の175分を上回る191分の長尺です。公開3日間の興行収入は約1億6000万円で、初登場7位と厳しいスタートだそうです。ただ大友啓史監督が自らのXで作品批評にコメントした内容が物議をかもしているようです。『国宝』がクチコミで広まり歴史的ヒットになったように、今の時代は一般ユーザーのクチコミが興行収入を左右すると言っても過言ではありません。大友監督が今回の作品にかなり思い入れがあることはインタビューなどでも伝わってきますが、ネットでは好評も悪評も出てきます。特にネガティブなものは割合が少なくても拡散されやすく、それへの反応は炎上しやすい、炎上させることで収入を得るやからが居ますから、あまり深入りしないことですね。良くも悪くも、話題になることは「見てみようか」という動機づけに繋がりますから、映画館に行ってこようかな?

(2025年9月24日)

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