6月になりました。そろそろ梅雨入りでしょうか。6月1日(日)は午前7時に小学校へ集合して、午前:朝霞市、午後:鶴ヶ島市と連チャンで試合があり、連勝しました。8日(日)は午前6時に小学校へ集合して、午前:鶴ヶ島市、午後:ふじみ野市と、これまた連チャンで試合がありますが、この日は上野東天紅で岩手県人連合会総会があり、日曜日朝早く出かけ、8時半上野東天紅集合して準備、15時過ぎに集いは終わりますが、後片付けして、上野広小路の居酒屋でご苦労さん会、それで終わらず御徒町辺りで三次会・・・となって真夜中帰宅...いつものパターン
■ ミスター・長嶋茂雄さん逝去
ミスタープロ野球、読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄さんが、2025年6月3日午前6時39分、肺炎のため東京都内の病院にて逝去されたとのことです。享年89歳でした。アテネ五輪日本代表監督だった2004年に脳梗塞を発症、脳梗塞の中でも比較的後遺症が重くなりやすいとされる心原性脳塞栓症で、右半身のまひと言語障害が残りました。以降、懸命にリハビリに取り組んで、その姿を公開し、同様な後遺症に苦しむ人たちに希望を与えました。ただ、やはり80歳を越えた頃から老化と共に言語障害の進行が見られるようになり、コロナ禍などの影響で出歩くのも制限されるようになって筋力が衰えたためか、2022年9月、自宅で転倒した際に後頭部を打ち、都内の病院に緊急搬送され、脳内に出血が見られたため、以来入院生活が続いていました。2024年5月には「長嶋茂雄DAY」で松井秀喜氏らと共にファンの前にその姿を見せていました。今年3月29日には巨人の開幕戦を観戦に訪れました。
長嶋さんは1958年に巨人入団、金田投手に4三振を喫したエピソードは有名です。プロ野球史上初の天覧試合でサヨナラホームランを放つなど大舞台に強く、ミスしてもそれが絵になる、ファンを喜ばせる、そんなスターで、まさに
ミスターでした。王貞治氏とのONコンビで1965年から9年連続日本一を達成。1974年、「わが巨人軍は永久に不滅です」との言葉を残して引退した後は巨人の監督を2期、通算15年間務めました。2期目の96年には首位との11.5ゲーム差をひっくり返してリーグ優勝し、このときの「メークドラマ」が流行語大賞になりました。

サードを守る姿は絵になっていました

ゴロを捕って1塁へスローイングする一連の動作は美しい!
少年野球の子どもたちも皆真似して、投げたあと手をヒラヒラしていました

三振しても全力でヘルメットが飛ぶ姿がカッコイイ!(1968年9月16日後楽園球場)
■ 団塊の世代には憧れのON
今日より明日はいい日になると信じていたような時代、子どもたちが好きなものは「巨人、大鵬、卵焼き」と言われた時代に我々は育ちました。テレビで流れていたもののひとつがプロ野球の中継であり、強い巨人でした。その巨人の中心で数々の劇的アーチを描いていたのが王と長嶋の“ON砲”でした。長嶋さんは立大では東京六大学リーグのスーパースターでした。まだプロ野球よりも東京六大学のほうが人気もステータスも上だった時代、今では信じられませんが「職業野球」は低く見られていたのです。長嶋が巨人へ入団したのが1958年、背番号は3。六大学の熱狂をそのまま引きずって、長嶋はプロ野球の人気を高めました。その翌年1959年に入団したのが王で、背番号は1です。早稲田実業高校では投手で、2年生だった1957年のセンバツでは優勝投手にもなっていました。1年目から打ちまくって新人王に輝いた長嶋とは対照的に、プロでは内野手としてのスタートとなった王は開幕から26打席ノーヒット、初安打こそ本塁打で飾ったものの、その後も足踏みが続きました。大学卒の長嶋に比べて、高卒でいきなり活躍できるほどプロの世界は甘くありません。しかし求道者の如く一心不乱に練習に励む王は徐々に実力発揮、やがてセ・リーグの本塁打王は、王の独壇場となって行きました。長嶋も負けじと首位打者、打点王に輝きます。巨人は1965年に優勝、日本一を飾ると、そこからペナントレース、日本シリーズともに9連覇、V9という空前絶後の黄金時代を築きました。プロ野球を人気スポーツへと昇華させた名選手2人は、監督としては苦しい時間が長かったですね。長嶋が初めて監督として日本一となったのが巨人2期目の2年目、1994年。同率で並んでいた中日との最終戦、いわゆる“10.8”でリーグ優勝が決まるなど、やはりドラマチックという言葉がついて回りました。その翌1995年に深い低迷に沈んでいたダイエーの監督に王が就任します。屈辱の日々を経て、ダイエーを初優勝、日本一に導いたのが1999年。この日本一は、ダイエーのみならず王監督にとっても初の日本一でした。2000年の日本シリーズで、長嶋と王は監督として日本一を争い、この“ON対決”、20世紀のプロ野球を知るファンにとっては、勝敗よりも、対決そのものに価値がありましたね。
選手時代のON

読売巨人軍V9を牽引した王貞治(背番号1)と長嶋茂雄(背番号3)
■ 長嶋一茂さんが追悼メッセージ
長男でタレントの長嶋一茂(59)さんは、父の後を追って立大からプロ野球と進みました。偉大なる父と比べられて苦しいこともあったでしょうが、やはり才能は親譲り、引退してタレントに転身後、大変露出の多い人気者となっています。父の死に対し、「凄く幸せな人生だったと思う」と言い、「野球を始めてからもずっと戦ってきたし、21年前に大病発症してからの方がずっと戦ってきた。その戦いの中で、ファンに喜んでもらうというのが父の人生でした」と回想しました。一茂さんは「長嶋茂雄が永眠致しました。父にとって野球は人生そのものであり、最愛の存在でした。父の野球人生は誰よりも幸せな89年間だったと感じております。長嶋茂雄は野球の星に帰りました…生前、グラウンドで残したたくさんの情熱がこれからの日本プロ野球界の発展に少しでも役に立つことを父も願っていたことと思います」というメッセージを発表しました。肉体的には見えなくなったけれども、心の中ではずっと生き続けると語り、危篤で病室に子どもたち全員が集まった時も、「こんな若くてきれいな看護師さんたちに見守られて、パパは幸せだね」と、しんみりすることなく、笑って見送ったそうです。死ぬときすらも、やはりミスターだったということでしょう。

2021年野球界初の文化勲章を受章
■ 大谷翔平も追悼メッセージ
ミスターの訃報に触れたドジャースの大谷翔平選手は自身のインスタグラムに、巨人の長嶋茂雄終身名誉監督とのツーショット写真3枚を投稿、「心よりご冥福をお祈りいたします」との言葉を添えました。長嶋さんは今年3月に大谷と対面する前にも、帰国中の大谷と極秘で食事を共にしています。あまり食べれなかったそうですが...。その時の写真が上の方の写真です。長嶋さんは大谷が日ハムにいた当時から“会いたい”と言っていました。長嶋さんは日の丸を背負って戦うことを大切にしていました。大谷にもそういう思いがある、と直感していたのではないでしょうか。
その下の写真は、3月15日、東京ドームで行われた巨人とのプレシーズンゲームで対面した際に撮影されたもののようです。大谷はドジャースのユニフォーム姿、長嶋氏は車いすに座っており、共に笑顔を浮かべています。ミスターを知る関係者は「長嶋さんは大谷に野球界を託したい、という思いを持っていて、あの日も大谷に会うのをすごく楽しみにしていました」、「2004年に脳梗塞で倒れて以来、リハビリを続けてきた長嶋さんには二つの夢がありました。一つは元巨人の松井秀喜氏が巨人の監督をしている姿を見ること。もう一つが、大谷と話をすることです」、「長嶋さんが現役時代にドジャースから入団の誘いを受けたことがあるのは知る人ぞ知る話です。そのドジャースで活躍する大谷に最後の最後に会えたのは、長嶋さんにとってはとても良かった。そこで撮った大谷との写真を長嶋さんは非常に気に入っていました」というのがその関係者の話です。

二人ともうれしそうですね

2025年3月15日東京ドームで
■ NHKの追悼特番が最高でした
長嶋茂雄−読売巨人軍と言えば日テレで、もちろん二日間にわたって特集番組を組みましたが、NHKのほうが出色でしたね。国民的大スターだけに、巨人は嫌いでも長嶋は好きという人が普通でしたから、NHKも力が入ったのでしょう。
コチラをご覧ください。すぐさま「クローズアップ現代」で採り上げたことで力の入れようが分かりました。

長嶋監督がドラフト指名で引き当てた松井秀喜との師弟関係をNHK「クローズアップ現代」が特集
■ ツバメ
我が家の隣のビルの燕(ツバメ)が5羽ほど盛んに飛び回って、ピヨピヨ、チュンチュン鳴いていましたが、姿が見えなくなったところを見ると、巣立って、どこかの葦原、萱原へ引っ越したみたいです。7月初めだった去年よりずいぶん早いですね。ツバメは春に東南アジアなどからやってきて、営巣し、18日間抱卵して、孵化後も1週間ほどは、雛を保温するために、親鳥は巣の中にいることが多いそうです。ヒナは3週間ほどで親と同じくらいの大きさに成長し、飛べるようになります。カッコーの声も聞こえてきます。ホトトギスもですね。
■ えきねっと予約で苦労しました
590『
DX…JRの場合』(2024年7月1日)でJRが「えきねっと」普及に躍起となっていることについて書きました。問題なのは「えきねっと」予約画面での案内が一生懸命過ぎて、かえって分かり辛いこと、これは以前にも指摘しましたが、難しい問題です。鉄道を利用するのは高校生など若い世代と老人に二極分化しています。若者にはくどくど説明しなくてもわかってくれます。しかし老人はなかなか分かってくれない・・・という前提があるが故に、微に入り細に入り説明する、結果ますます分かり辛くなる、これは困った問題です。老人にもいろいろなタイプの人が居るので、どうしても分からない人は例外処理するのが適切な気がします。

2025年5月30日(金)に、「えきねっと」で東北新幹線はやぶさ号のチケットを予約しようとしたら、ワンタイムパスワードが送られて来ません。そんな馬鹿な、と何度かトライしました。下の画面ご覧ください。10時21分に「えきねっと」予約送信、ワンタイムパスワードが送られてきた時間が11時12分、ワンタイムパスワードの有効期限は10時31分と記載されています。これではワンタイムパスワードは無効ですね。何度やってもダメです。

結局この時は諦めました。夕方改めてチャレンジしようと「えきねっと」予約画面を開いたら、下記メッセージが表示されていました。そういうわけか、無事予約出来ました。「えきねっと」とGmailは相性が悪いのかな?
■ 日本郵便の運送事業許可取り消しへ
日本郵便(JP)で運転手への点呼が適切に行われていなかった問題で、国土交通省は月内にも、JPに対する自動車貨物運送の事業許可を取り消す方針を固めたそうです。全国の郵便局のトラックやワンボックス車など約2500台による運送事業が対象となるそうで、これは大変なことです。貨物自動車運送事業法に基づく最も重い行政処分で、大手事業者の取り消しは極めて異例とのこと。年10億個(2023年度、市場占有率2割)を扱う宅配便「ゆうパック」や、郵便事業への影響は避けられず、JPは、子会社「日本郵便輸送」や協力会社への委託を増やすなどして対応するとみられます。国交省は今月5日にも処分案を公示し、JPの意見を聞く「聴聞」を実施した上で許可を取り消す方針とのことですが、地方からは「困る」と戸惑いの声が溢れています。
■ 子どものけんか?
トランプ米大統領は2025年6月5日、ロシアによるウクライナ侵攻を子供同士のけんかに例え、「時にはしばらく続けさせてから引き離した方がいいこともある」と述べたというニュースがありました。前日のプーチン・ロシア大統領との電話会談でもこの例え話を披露し、「苦しみが続くことになるぞ」と説得を試みたものの、プーチン氏は聞き入れなかったという報道ですが正気でしょうか?ドイツのメルツ首相との会談冒頭、記者団とのやりとりで語ったのが映像で流されたので間違いありませんが、ウクライナを支援すべきだというメルツ首相に対しこういう話ですから、欧州と違って米国は本気で仲裁にも支援にも取り組む気はないようです。
■ トランプとマスクの決裂
トランプ政権で「政府効率化省」を率いてきたイーロン・マスク氏の退任は予測された通りでした。実業家であればトランプ関税に反対するのは当然です。その後、トランプ米大統領が掲げる減税延長などの看板政策を盛り込んだ税制・歳出法案「一つの大きく美しい法案」を巡り、反対する与党共和党保守強硬派や実業家イーロン・マスク氏と、法案成立を目指す共和党指導部や政権幹部らとの論戦が一段と白熱化しました。マスク氏は上院で審議されている同法案を「
不快で忌まわしい存在」と呼び、厳しく批判した上で「
私がいなければ選挙に敗れていた」「
恩知らずだ」などとトランプ氏への批判を立て続けにXに投稿。これを受けてトランプ氏も、マスク氏の企業への補助金や契約の打ち切りを示唆するなど、SNS上での2人の応酬は泥沼化したのです。マスク氏は一時、アメリカの宇宙開発事業に欠かせない「スペースX」の宇宙船を引き上げると投稿、NASAにとってこれは致命的です。この投稿は後に削除されましたが、トランプ氏に向けて「
本当に大きな“爆弾”を投下するときが来たようだ。ドナルド・トランプの名は“エプスタイン・ファイル”に含まれている」と別の爆弾を投稿したのです。エプスタインとは複数の少女らに対する性的虐待罪に問われ、後に獄中で自殺したとされる実業家です。そのエプスタイン元被告と関係の深い人物が記された文書の中に、トランプ大統領が含まれているとマスク氏は指摘したのです。今回の騒動を受けマスク氏が率いるテスラ社の時価総額が22兆円減少するなど、今回の決裂は双方に少なからぬ影を落としています。

2025年5月30日イーロン・マスク氏は大統領執務室でトランプ氏を横に退任会見
■ 備蓄米フィーバー
2023、24年に生産され、政府が今春放出した備蓄米は95%JAが落札しましたが、小売り現場にさっぱり出回らない、いったいどうなってるんだ?とのことでしたが、ここにきて急に目にするようになって来たそうです。とはいえ、我が家の周りのスーパーは店によって商品棚がほとんどガラガラのところや、結構たくさん並んでいるところと両極端です。カリフォルニア産カルローズは各スーパーとも扱い出しました。以前はコストコや業務スーパーが主でしたが、今やイオンはじめ大手スーパーがそれこそ「売るほどあるよ」状態です。ブランド信仰の日本の消費者向けにコシヒカリやあきたこまち、ひとめぼれなどは5kg5千円以上で売られています。ブランド信仰派と安ければ良い派は以前は拮抗していましたが、ここにきて情勢は急転回しています。
「小泉農水大臣の発表があってから、ブランド米だけでなく2023、24年産の備蓄米とブランド米のブレンド米の売れ行きに急ブレーキがかかった」と話すスーパー店長が多いそうです。2021、22年産の備蓄米を、政府が卸を通さずに直接小売りに渡す随意契約を始めたら、お客様が店頭に殺到し、朝から大行列、それをテレビで報道しますから大フィーバーとなったのです。しかも2021、22年産の備蓄米を炊いて試食するイベントを小泉農水大臣が開き、森山、鈴木、小野寺の自民党三役が揃って、みんなが「美味しい、さすがは日本の備蓄米」とやって、テレビでも一般家庭で炊飯したご飯を「美味しい」と感想を述べさせたりしたものですから、ブランド信仰派も心が揺らぎますね。5kgあたり2000円前後の随契備蓄米、3500円前後の落札備蓄米のブレンド米とカルローズ、5000円超のブランド米という三つの価格帯のコメが商品棚に置かれる事態、うかうかしてると高く仕入れたコメが売れなくなると焦って売り急ぐ業者が現れてスポット価格が下がり始めたのを見て、今随契備蓄米は買いたいが、その他の米は様子を見ようと考える消費者が多くなっているようです。精米時期から時間が経ったコメは早く売ろうと値下げする所も出てきたようで、確かに今は「慌てる乞食は貰いが少ない」状況のようです。先日葬儀があって行った岩手では、随分コメが安いと感じました。コメどころだからこそ、高くては売れないからでしょう。都市圏では物流倉庫に眠っているコメを小出しにして高く売っていましたが、情勢は変わりそうです。

昨年8月、スーパーの棚に米が無くなりました
(2025年6月8日)

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