484  沖縄X

 もうすぐ6月21日;夏至です。一年中で一番昼が長い頃ですが、梅雨時でもあり、あまり実感されません。花しょうぶや紫陽花などの雨の似合う花が咲く季節です。いま東京の日の出は4時25分、日の入は19時00分、太陽が14時間35分も出ています。さて6月第3日曜日は「父の日」です。「母の日」の花はカーネーション、撫子の仲間ですが、「父の日」の花は薔薇だそうです。下写真は今現在我が家で咲いている薔薇です。


我が家の鉢花 色とりどり

娘から「母の日」に頂いた薔薇

■ 花盛り
 我が家は今、家の周りをぐるりと取り巻いてアジサイの花が、赤紫、青、ピンク、水色、白と咲いて、小輪から大輪、ガクアジサイまで咲いています。薔薇も赤、ピンク、白、黄色、一口に赤と言っても濃い紅色から淡い赤まで、ワインレッドやローズレッド、色とりどり、朝顔やアブチロンの勢いもスゴイです。ナデシコ、ラークスパー、オキザリス・トリアングラシス、ツルニチニチソウ、ムラサキゴテン、キンギョソウ、ベゴニア、ペチュニア、スイカズラ、ジュリアン、セダム、マンデビラ、サルビア、グラジオラス、ゼフィランサス、マーガレット、百花繚乱です。中でもベルガモット(モナルダ)和名:タイマツバナ(松明花)、ヤグルマハッカ(矢車薄荷)が豪華に咲き出しました。これからは百合、クロコスミア、ヒマワリ、ホウセンカ、マリーゴールド、ダリア、コスモス、キバナコスモス、ニンジンボク、酔芙蓉などが楽しみです。

この画像にはツルニチニチソウ、スイカズラ、ゴーヤ、フウセンカズラの葉が見えます。分かりますか?
綺麗に咲いた小さな花は、植えた覚えがないマトリカリア(夏白菊)だそうです
小菊やカモミールのような花(花径1〜2pほど)をたくさん咲かせる多年草です
一体どこからどうして来たんでしょう?鳥かな?


カラーの花は綺麗ですね。我が家のカラーはピンクから濃い赤へと変化します


ベルガモットは別名:タイマツバナとも呼ばれるように、鮮明な赤い花が盛り上がるように咲き見事です

■ 沖縄第5日
 沖縄5日目、5月7日(土)、いよいよ4日間滞在したロイヤルホテル沖縄残波岬とはおさらばです。13Fスカイレストラン「ラ・ファール」での最後の朝食時、改めて窓から残波岬を眺めました。灯台やその手前の公園、バーベキューした赤い屋根のハウス、残波大獅子、ボールパーク、テニスコート、左には縦に道路があって、その左には常設キャンピングカーや宿泊コテージが並んでいます。写真は北西方向、中国福建省を向いていますが、下のイラストマップは真っ直ぐ北方向です。

北北西方向を見た写真

上が北方向のイラストマップ

この地図から残波岬が北北西方向を向いていることが分かります
と言うか沖縄本島が北東から南西方向に向いているのは太平洋と東シナ海間の海嶺だからです

■ 残波岬から那覇へ
 朝食後清算を済ませて、ホテル前で記念写真を撮り、残波岬から下道を那覇に向けて走りました。道路は混んでおらず、快適なドライブでした。32km、1時間のドライブです。目的地は首里城公園、その後ホテルの駐車場です。

■ 首里城公園観光
 首里城公園に着いて、焼けた後の復興状況を見ることにしました。駐車場に車を置いて守礼門から入りました。歓会門〜瑞泉門〜広福門と進み、「大龍柱補修展示室」を見ました。焼けながらもスックと立ち残った2本の大龍柱、さすがです。券売所で入場チケットを買いました。実は焼けたのは正殿エリアだけで、首里城公園のほんの一部ですが、ここは有料エリアとなっています。奉神門が改札となっていて、ここから左へグルっと塀沿いに木道を歩きます。工事中の場所は「立入規制エリア」として塀でおおわれて、復興のスケジュール等の説明パネルが張ってあります。所々に中が見えるようになっている場所が有ります。復興展示室には燃えた後の状況や、焼けた瓦、焼け残った柱など、色々なものが展示されています。東のアザナの部分が最も標高が高く、ここから那覇の街が360度見張らせます。北方向にはかすかに残波岬が見えます。ハッキリとは見えませんが、とにかく陸地で一番左が残波岬、そうかなるほど。

首里城公園マップ


守礼門


入場券です


塀でおおわれて、復興のスケジュール等の説明パネルが張ってあります


工事中の「立入規制エリア」


最も標高が高い東のアザナから振り返ってみる


久慶門...このように門は皆無事でした


今降りてきた東のアザナ方面を展望、城の石垣が見事ですね

■ ホテルへ
 首里城から宿泊ホテル「ヒューイットリゾート那覇」に向かいました。沖縄県那覇市安里2-5-16で、ゆいレール安里駅のすぐ近くです。カーナビには無いのでスマホナビを使いました。2021年7月15日に開業したピッカピカのニューホテルです。ホテルのタワーパーキングに車を入れて、まだチェックイン時刻前なので、フロントで荷物を預かってもらい、国際通り散策に出掛けました。

ヒューイットリゾート那覇

■ 国際通り散策とランチ
 ホテルを出てすぐ国際通りです。土産物や飲食店が立ち並ぶ国際通りは活気に溢れています。また国際通りから枝分かれした路地には、昔ながらの商店やセンスが光るセレクトショップなど個性的な店舗があり、とても楽しい通りです。ゴーカートに乗った若い白人たちは米兵でしょうか。

ホテルを出てすぐ、安里から牧志へ向かう国際通り


名物さいおんうふシーサー、蔡温橋のところにある、うふ=大きいシーサーです


蔡温橋交差点、ゆいレールと国際通りが交差します 手前が牧志駅です


南国情緒たっぷりの国際通り 右奥に「とぅばらーま」の看板が見えますね


左側の緑いっぱいの3階建てが今夜の島唄と地料理「とぅばらーま」
 国際通りを延々と散策し、ソムリエの息子お勧めのビールが旨い店に入りました。ここでクラフトビールやピルスナーを楽しみつつランチしました。その後お土産屋さん、お菓子屋さん、かりゆし屋さん、雑貨屋さんなどいろいろな店に寄ってブラブラ買い物してホテルに戻りました。ずいぶん歩きました。

■ ホテルチェックイン、プールで大はしゃぎ
 ヒューイットリゾート那覇にチェックイン、全331室の大きなホテルですが、新しいだけに設備は最新式でした。最上階13Fの屋上には那覇市内を一望できるインフィニティ・エッジ・プールがありました。更衣室で水着に着替えました。落ちないかなぁと怖い感じですが、孫たちと泳いで楽しみました。息子はプールには入らず、プールサイドバーでビールを頼んで、デッキチェアで楽しんでました。

プールは13Fにあるので、下を見ると怖いですよ


左奥が「The BAR」

■ 「とぅばらーま」で夕食
 「とぅばらーま」とは「歌の島・芸能の島」である沖縄八重山地方を代表する民謡のことだそうです。この名前を冠した店は、ゆいレール牧志駅より徒歩1分のところにあります。沖縄料理と島唄生ライブを沖縄の離島の空間を再現した店内で楽しめるお店です。赤瓦の古民家や牛舎、わらぶき屋根が並ぶ店内は、まるで昔の沖縄に迷い込んだような雰囲気です。

国際通りに面した入口の看板


店内には沖縄の家が立ち並びます


もう82歳のとぅばらーまの第一人者:宮良康正さんのライブ、女性の綺麗な声とマッチング

 沖縄料理を注文しながらライブを愉しみました。楽しくて踊ってしまいました。東北の民謡と違って、底抜けに明るいですね。思わず身体が動いてしまいます。

■ ホテル朝食、チェックアウト
 1Fレストラン『TIIDA(ティーダ)』の朝食は、約170種類の食材が用意されているという口コミでしたが、なるほどスゴイ!オリジナルのハンバーガーが作れるバーガーステーションがありましたが、何を好んでハンバーガーにしなければいけないのか、我々年配者にとってハンバーガーはジャンクフードなので遠慮しました。沖縄を感じる料理等、豊富な料理がライブキッチン形式で提供されています。満足しました。



レストラン『TIIDA(ティーダ)』は食材も席もたくさんあります

■ 沖縄第6日
 沖縄6日目、5月8日(日)、いよいよ6日間滞在した沖縄ともおさらばです。ヒューイットリゾート那覇をチェックアウト、タワーパーキングから車を出して、海軍壕公園〜GSコスモ石油で満タン給油(コスモザカードを使うため)〜豊見城のトヨタレンタカー那覇空港シーサイド店〜送迎で那覇空港へという行程です。

ヒューイットリゾート那覇の玄関にはもちろんシーサーが。左はトヨタレンタカーヴィッツ

■ 海軍壕公園へ
 海軍壕公園は、那覇市と豊見城市の境界に位置し、那覇市中心部より南へ3kmの閑静な住宅地に囲まれた場所に位置しています。太平洋戦争末期、日本海軍の司令部が置かれ、縦横に堀り巡らされた壕の中では多数の将兵が玉砕しました。この公園は、沖縄が日本に返還された昭和47(1972)年度に都市計画決定され、平成7(1995)年度には公園の利便性の向上と施設の充実を図るべく公園区域を拡張し、旧海軍壕を核として戦争の悲惨さと平和の大切さを訴えていく平和学習の場として整備されました。息子がここへ行こうと企画した意図は何か。いまウクライナ侵略の映像を目にしますが、本当の残虐な実態は眼にされないように映像加工されています。沖縄県民を総動員した唯一の地上戦を経験し、「命どぅ宝」を大切にした沖縄の人々の心・歴史を学ぶことで、平和の尊さや世界各地の紛争、内戦等に苦しむ方々を「自分ごと」として捉える大切な機会になるものと考えて、小学生の息子たちに見せたかったのではないでしょうか。海軍壕公園ホームページ
 入場料大人¥600、小学生¥300、計3千円を払い、入るとまず資料展示、当時の写真にまず息を飲みました。負傷した足にウジがたくさん湧いている少女、路上に転がる兵士の遺体、生き残った老婆...当時の戦争の悲惨さが、米軍の撮った写真で展示されています。日本海軍沖縄方面部隊を指揮する「海軍司令部基地」として構築されたこの壕は、地下20mの場所に450mの長さがあり、約3,000人の将兵が昼夜5ヶ月間かけ、手掘りで掘った跡、手榴弾で自決した弾痕跡、司令長官が壁に書き残した文字など、当時の戦況を今に伝えています。大田實司令官が沖縄に赴任したのは昭和20年1月20日、亡くなったのは6月13日です。いよいよ玉砕が迫る中、大田實司令官は海軍次官宛に電文を打ちました・・・(前略)一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ・・・。

海軍壕公園には子どもの遊ぶ遊具が設置されていますがコロナ禍のためか使用禁止
それでもハイビスカスの花などが綺麗に咲いていました


地下壕に降りて行く階段


じめじめした壕の中、両側にいくつもの部屋があります
部屋と言っても穴ぐらで、トイレもありませんが、照明用の配電設備はありました
電気屋である筆者はそれら電気設備を見て、「しっかり仕事してるな」と感心しました
1945年6月、米軍の攻撃の前に外にも出られなくなった兵士たち、すし詰め状態で立ったまま寝たそうです


大田實司令官の作戦指令室 ここで自決しました 花が飾ってあります


沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ 賜ランコトヲ・・・と電文を打つ
最後の作戦会議の模様でしょうか、中央が大田實司令官

■ 那覇空港出発〜羽田へ
  那覇空港発12時10分→14時35分羽田空港着のANA便、予定通りのフライトでした。羽田空港で息子一家と別れ、彼らは自家用車で、我々は京急→JR→東武東上線で帰宅し、同時刻に帰着しました。楽しく、贅沢な沖縄6日間でした。

那覇空港


那覇空港のロビー ここにもシーサーが...


那覇空港のお土産売り場


ボーイング787の機内、久々に満席近い航空機に搭乗しました


羽田空港着陸直前です 曇ってますね

■ 選挙間近、与野党の争点無し、貧しくなる日本
 国会が閉会し、7月10日の参議院議員選挙に突入しましたが、全く盛り上がりがありません。国民民主党が自民党にすり寄って、維新は自民党より右寄りで、社民党は存亡の危機、ブレナイ共産党は孤高、立憲民主党は存在感が希薄となったため、戦うムードが無いからです。与野党の争点がボケたのは何故か?かつては野党が主張していたようなことを与党がやって、結果的に日本国が貧しくなっていることに声高にNO!と言う勢力が無くなったのです。今一番問題になっているのは値上げの問題ですが、一方で実質賃金が下がっているので、国民の暮らしはドンドン貧しくなっています。この30年間デフレで、日本人は世界から取り残されて貧しくなってしまいました。今や韓国の平均賃金に抜かれ、差は広がる一方です。ましてや欧米とは格段の差です。いずれ中国にも追い抜かれるでしょう。この6月から年金も減額となりました。この間、政治は何をしていたのでしょうか?どうして日本国民は怒らないのでしょうか?
 今原油価格が上がって、政府がお金を出して石油製品価格を抑えています。その原資は何処から出ているのか?税金ではありません。借金です。安倍元首相は政府の姿勢がアベノミクスの失敗を言っているとして怒っていますが、今円安が異常なスピードで進んで、国民の格差が拡大した原因を見たら、アベノミクスが成功だったなんて誰がどう言いつくろってもYesとは言えないでしょう。それでもなお、日銀は政府の子会社だからいくらお金を刷っても大丈夫とのたまわっています。公明党が主導して貧しい人にはお金をあげる、困った企業には支援して倒産を防ぐ、資金は大丈夫だ、お金を刷れば良い、こうしたリフレ派の主張が日本人を貧しくしてきたのではないですか?やっていることは資本主義ではなく、社会主義政策です。豊かになりたい、そのためには頑張って働く、働けば働くほど見返りがあって頑張る、ということこそ高度成長時代のシステムで、岸田首相は本来それを目指したはずでした。国民所得を増やすのに政府が音頭を取って賃上げさせる、そんなことは資本主義社会では無理です。昔も石油ショックはありました。石油に補助金を出すのではなく、血のにじむ努力で代替エネルギー開発にまい進する、それがかつての日本だったはずです。

■ IEのサポート終了
 米マイクロソフト(MS)は2022年6月15日、1995年から提供してきたWebブラウザ「Internet Explorer」(インターネットエクスプローラー、IE)のサポートを終了しました。Windows95も懐かしいけれど、27年か、ひと時代がまた終わりましたね。今後は「Microsoft Edge」にWebブラウザの機能を集約するとともに、IEを起動しようとするとEdgeが起動するそうです。筆者は随分前からブラウザをGoogle Chromeに切り替えてました。アンドロイドスマホとの連動性のためです。栄枯盛衰、もはやマイクロソフトの時代ではない、グーグルだ、と見限ったからです。

■ 楽天スマホのプラン変更・・・正気に戻る
 楽天モバイルは、2022年7月1日(金)より新料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VII」の提供を開始します。これまで月額データ利用量が1GB以下の場合、月額料金が無料だった「正気か?」サービスを廃止し、月間データ利用量が3GB以下の場合は980円(税込1,078円)となります。三木谷会長が決算会見で「ぶっちゃけ、ゼロ円で使い続けられても困る」と本音を吐露し、SNS上では「だまされた」「聞いていない」「解約する」といった声が相次ぎ、KDDI「povo 2.0」などに契約を切り替える動きも出ました。しかしまあ、ビジネスならば当然のこと、正気に戻ったわけです。


(2022年6月19日)


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