356  中東
 2020年の幕開けは実に不穏に始まりました。ゴーン被告の逃亡、IR汚職で5人の議員に疑惑、米軍がイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したことを受け、イランが報復宣言したこと、イヤな予感がします。

■ カルロス・ゴーンの逃亡劇
 ゴーン被告の逃亡劇は、まるでハリウッド映画を見るような出来事でした。楽器のケースに潜んで空港まで運ばれ、プライベートジェットでトルコ経由レバノン入りしたという話で、トルコの検察当局はプライベートジェット運航会社MNGジェットなどの関係者5人を逮捕したという報道です。米国の民間警備会社の二人が関空まで輸送したとのことで、この二人は元米陸軍特殊部隊の人間だったとか・・・。レバノン当局はカルロス・ゴーンを取り調べるという話ですが、どうせ無罪〜不起訴となるに決まっています。レバノンというのは政府が有って無いような国で、英雄であるカルロス・ゴーンには最も居心地が良いでしょう。米国やロシア、北朝鮮はじめ多くの国からの逃亡者は、いつ命を狙われるかわかりませんが、日本に限ってはそんな心配は無いからです。間違ってもゴルゴ13がやってくることはないでしょう。

■ 日本の警備体制が問題化
 検察当局はゴーン被告を保釈したら逃げるに決まっているので、保釈には反対でしたが、「人質司法」に対する国際世論からの圧力を受けて裁判所は保釈を許可しました。ゴーン被告が外出するときには尾行がついていたようです。しかし年末となるとそれが緩む隙を突いたのでしょう。そういう意味では米国の民間警備会社のほうがプロだったということです。映画を見てもそうだろうな、と納得します。問題は、日本の警備体制がその程度となると、逃げるだけでなく入り込むことも比較的自由だろうということです。どうやって関空の荷物検査をすり抜けたのか?羽田や成田のほうが近いのにわざわざ関空まで行ったということは、何かそこにあるのでしょう。検察当局は、日本にも協力者がいるのではないかと見て捜査しているようです。

■アメリカ映画「アルゴ」ばりの脱出劇
 ゴーン被告の逃亡劇は、まるでハリウッド映画のようだと上で書きましたが、現実にそんなアメリカ映画がありました。イランで実際に起こったアメリカ大使館人質事件の救出作戦を描くサスペンス映画「アルゴ」です。2012年度・第85回アカデミー賞で7部門にノミネートされ、作品賞、脚色賞、編集賞の3部門を受賞した作品です。ベン・アフレックが、監督のほか製作・主演も務めました。
 1979年11月4日、ホメイニ師が主導するイラン革命が激化するテヘランで、亡命したパフラヴィー元国王をアメリカが受け入れたことに反発したイスラム法学校の生徒を中心とした反米デモ隊がアメリカ大使館を占拠しました。大使館員を人質にとった彼らの要求は、悪政の限りを尽くしてアメリカに逃げた前国王の引き渡しです。混乱のなか裏口から6人が脱出、カナダ大使の家に身を隠しますが、見つかれば公開処刑は間違いありません。絶望的な状況を打破するため、CIAの人質奪還のプロ、トニー・メンデスが呼ばれました。 トニーは、「ARGO」という架空のSF映画を企画し、6人をその撮影スタッフに偽装して出国させようという作戦を立てました。イランどころかアメリカまでも欺き、タイムリミット72時間のハリウッド作戦が始まった!ところが・・・絶対にバレると反発する6人、脱出者がいることに気づくイラン、緊迫のなかCIAから作戦中止の命令が!果たして6人の命の行方は・・・?という映画でした。6人の人質の役者はできるだけ似た人を登用し、実際に共同生活をさせて仲良くさせたそうです。
6人の人質に脱出作戦を説明するCIAのトニー・メンデス(ベン・アフレック)
彼らは「こんな映画みたいな脱出作戦が果たして成功するのか?」と難色を示します
 この人質事件が起きた当時のアメリカ大統領はカーターでしたが、イランに対する弱腰を批判されてレーガンに大統領選挙で敗れました。トランプ米大統領は、コレを教訓にして、イランに対しては強い姿勢を示すことが大統領選挙の絶対条件だと考えているのではないでしょうか。

■ 日本ではカルロス・ゴーンは悪い奴
 今回のゴーン被告の事件で、日本の司法のあり方が国際的に問題となりました。ゴーン被告当人は「自分は何も悪いことはしていない、これはNISSAN経営陣が日本の検察当局とつるんで自分を罠にはめたんだ」と主張していました。一面事実のような気もしますが、たとえばアメリカなら正当であっても、日本では悪いことというのは有り得ます。恐らく圧倒的多数の日本人が「カルロス・ゴーンは悪い奴だ、こらしめなければ」と思ったはずです。日本では有罪になりそう、もう逃げるしかないと思ったのでしょう。フランスでは当初カルロス・ゴーンに同情的な世論でしたが、段々と実態が明らかになると、これはもう許せないと言う世論が増えて行きました。
 日本の「人質司法」という検察の在り方には改善すべき点が多々あるでしょうが、日本の治安が警察システムによって保たれていることは事実です。また銃規制も殺人事件が少ない理由です。会社の金を不当に懐にして私腹を肥やすのが悪であることは論を待ちませんが、今や米国では合法的に税逃れしたりする巨大企業が幅を利かしています。また投資で儲ける個人や企業が横行し、もはや国家がそれを制御することが困難に成りつつあります。いまや、世界の26人の大金持ちの総計資産が世界の38億人の資産とバランスするまでに富の偏在が起きています。カルロス・ゴーンにとっては、自分はたいして金持ちではないと思ったのでしょうが、日本では許されないことだというのはある種文化の違いです。

■ 中東の安定は独裁がゆえ
 カルロス・ゴーンが逃げ込んだレバノンはシリア、イスラエル、ヨルダンに囲まれています。この地域は、かつては安定していました。その安定をもたらしていたのは、独裁的な政権です。国民を押さえつけることで独裁的な支配をして、それによって治安の安定を実現してきたのです。その独裁を許してきたのがアメリカです。アメリカは1930年代にサウジアラビアで石油の利権を獲得して以降、この地域で巨額の利益を上げてきました。石油を安定的に確保し、利権を守るために「中東の安定」が絶対条件でした。それはシェールオイルが採掘されるようになるまで続きました。
 アメリカが中東で「国益」と位置づけるもう1つの要素が同盟国イスラエルです。アラブ諸国と敵対するイスラエル、そしてその後ろ盾となるアメリカを軸として、中東情勢は長年推移してきました。

■ 「アラブの春」がもたらした混迷
 この安定の終わりは2010年の年末に北アフリカのチュニジアで始まり、瞬く間にアラブ諸国に広がった、いわゆる「アラブの春」でした。リビアのカダフィ大佐も殺されました。シリアでも抵抗する反政府勢力と、それを撲滅しようとするアサド政権という構図を軸に混乱が拡大して行きました。これに乗じてアルカイダ系の過激派が勢いを増して行きました。ISです。彼らは「イスラム国」という国家樹立を宣言し、テロを繰り返しました。ISに対してはシリアのみならず周辺のトルコ、イラクも含めて一斉にそのせん滅のために立ち上がりました。米国もクルド人勢力の後ろ盾として支援しました。

■ イランとサウジの対決
 一時、劣勢にあったアサド政権はロシアの支援で息を吹き返し、反政府勢力に対して圧倒的な優勢に立ちました。そしてISの掃討作戦が奏功してやっと安定してきたら、イラク、シリア、レバノンと、自国から陸続きの広大な範囲で影響力を確保することになった「シーア派の大国」イランが勢いを増しました。イランの影響力拡大に黙っていられなかったのが、「スンニ派の盟主」サウジアラビアです。オバマ大統領時の米国は、欧州と共にイランの核開発をやめさせることで合意し、中東の火種が収まったかに見えましたが、トランプ大統領になってからサウジアラビアはアメリカに接近し、イラン封じ込め作戦に出ました。オバマ大統領はイスラエルに対しても冷たい態度でしたが、トランプ大統領になってからこれまた180度政策転換となりました。国連が認めないパレスチナのヨルダン川西岸地区への入植を認め、エルサレムを首都と認め、ここに米国大使館を移すことにしました。いかに国連で米国が孤立しようと、米国に逆らえる国はありません。またトランプ大統領はシリアのアサド政権に対しても、逆らったら空爆などで徹底的に痛めつけるぞという姿勢を示しました。

■ 米軍の撤退で情勢一変、クルド人窮地に
 ISとの戦いで勢いを増したもう1つの勢力がクルド人でした。米国がクルド人を支援してISに対抗し、成果を挙げたのですが、トランプ大統領は「アメリカファースト」で、「世界の警察官はやめる」という姿勢を示してきました。アフガニスタンやイラクといった場所で多くの米国の若者が死傷し、巨額のカネを使って目立った成果もなかったように思える戦闘を20年にわたって続けてきた馬鹿らしいことはもうやめよう、というトランプ大統領の姿勢は米国各地で開かれる集会で熱烈に称賛されました。シリアの紛争地帯でクルド人部隊を支援していた米軍に突然撤退を命じ、同盟国はビックリ、これによって、ほぼ一夜にして同地域の形勢が変わり、ロシア、トルコ、イラン、そしてシリア政府軍が優勢となったのです。与党・共和党からの批判さえ一蹴し、「中東に立ち入ろうとするのは、わが国の歴史の中で下された最悪の決定だ!」とツイートしました。この米国の方向転換を見たトルコは、ISに対抗してきたクルド人勢力掃討作戦を開始し、再びシリアの反政府勢力が息を吹き返すのでは?と懸念されています。

■ トランプ大統領がイスラエルを支援するワケ
 伝統的に米国はイスラエルを擁護していますが、中でもトランプ大統領は際立っています。2017年12月6日にエルサレムをイスラエルの首都として承認し、アメリカ大使館も移しました。しかしエルサレムはイスラム教の聖地でもあります。世界中のイスラム教徒が黙っているわけはありません。また新たな火種がくすぶり始めました。日本では、トランプ大統領がアメリカのユダヤ票が気になってイスラエルを支持していると報道されるように感じますが、それは間違いです。多くのユダヤ系のアメリカ人は民主党支持で、一部の大金持ちが共和党支持なので、ユダヤ票が欲しいのではありません。3千万、4千万と言われる福音派(エヴァンジェリカル)の票が欲しいのです。福音派と呼ばれる人たちは、基本的に聖書原理主義と言われ、終末の日にはエルサレムに、と信じているのです。したがってエルサレムをムスリムの手に渡すわけには行かないからイスラエルを擁護するのです。

■ 言うこととやることの矛盾…トランプ大統領
 こうしたトランプ大統領の姿勢は国連の場でも米国の孤立となって現れてきました。しかし米軍の圧倒的な軍事力の前にはどの国も逆らえません。中東から徐々に手を引こうとする方針は、シェールオイルによって世界一の産油国となった米国にとって中東の重要度が下がったために出てきたことで、米国内では強く支持されています。それならばイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害したのは何故か?これはトランプ大統領のミスでしょう。イランはもちろん全面戦争を仕掛けるはずはありませんが、再びこの地で緊張が高まり、テロが増える可能性があります。イスラエルを守らなければならないトランプ大統領としては、米軍を増派せざるを得なくなるでしょう。「中東に立ち入ろうとするのは、わが国の歴史の中で下された最悪の決定だ!」と言っていた人が、正反対のことをやってしまったのです。
(2020年1月5日)


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