274  里山
 いよいよ梅雨入りしました。5、6月は会合がたくさんあります。大学の同窓会、高校の同窓会、在京の産業人会、ふるさと雫石の町友会、岩手県人の集い、などなど...知り合いの誕生日もあり、岩手にも二度行って来ます。もちろん温泉にも行ってゆったりと湯に浸かることは忘れません

■ 藻谷浩介さんの講演
 2月に九段下のホテルグランドパレスで「盛岡広域企業立地セミナー」という会があり、講演で日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介氏が、「イメージにとらわれて物事を考えてはいけない、実態をデータから把握して判断すること、自分の目で見て認識すること」の大切さを話されました。先立って藻谷さんがテレビ番組で「アベノミクスで雇用が増えたと言うけれど、実際は人口減少で働き手が減っている、特に団塊の世代が定年を迎えたときにそれを補充する若者が絶対的に不足、それもドンドン減っている、それに見合って企業活動も縮小して行けばともかく、そういうわけには行かないから企業は採用活動を活発にする、女性や高齢者を含めて働き手を募る、けれど人件費総額を急には増やせないから非正規やパート、アルバイトが増える、当然失業率は低下するけれど実質所得が上がるわけではない、そういうことです」と言っていました。具体的に人口実態と働き手の層をデータで示されると、なるほどそういうことか、と納得しました。チョット早口ですが、一度ジックリ聞いてみたいものだと思っていたら、講演で話される、これは行かずばなるまいと出掛けたわけです。テレビ以上に納得しました。
藻谷浩介氏

■ 日本のすべての市町村を歩く
 藻谷さんは山口県徳山の生まれで、徳山高校〜東大法学部卒です。1988年日本開発銀行(現鞄本政策投資銀行)に入社、1992年コロンビア大学経営大学院に派遣留学して1994年MBAを取り、(財)日本経済研究所調査局に派遣出向で研究員となりました。2007年日本政策投資銀行地域振興部参事役、2012年日本総合研究所調査部主席研究員となりました。経歴は立派ですが、この人の特徴は都市の起源や歴史、盛衰に関して興味を持って、受験生時代には受験科目に関係ない「地理」の独学に励んでいたという点です。当初はほとんどが私費で全国を旅して、開通している日本の鉄軌道(JR・民鉄・公営交通)全線を完乗したというほどです。平成合併前の全国3,200市町村すべて、海外90ヶ国を私費で歩いたとは恐れ入ります。この結果、地域特性を詳しく把握した上で、その都市の抱える問題点を解析し、現場の実例も紹介しながらその都市の中心市街地活性化などまちづくりのあり方を提言する活動が評価され、全国各地で年間400回以上の講演会をこなすというスーパンマン振りです。政府関係の様々な委員も務めています。

■ 里山資本主義
 「里山資本主義」という言葉を作ったひとです。中心市街地に必要なのは、まず人が住んでいること、次に職場があること、それから公共施設あるいは病院といったコミュニティー機能があることであり、最後に商業があることだと主張しています。お金が乏しくなっても水と食料と燃料が手に入り続ける仕組み、いわば安心安全のネットワークを用意しておこうという主張です。ただし、里山資本主義は、マネー資本主義の否定では決してなく、都会よりも田舎暮らしのほうがいいという単純な話ではないとしていて、日本社会が抱える地域の過疎化少子化と急激な高齢化という問題を克服する可能性を秘めているのが里山だと述べています。「普通に真面目で根気のある人が、手を抜きながら生きていける社会が、里山にはある。里山の暮らし方は世界に通用する」と言います。
 藻谷さんの言うところでは、「エネルギー価格が上がり始めたのが1995、96年。日本の生産年齢人口が減り始めたのもちょうど同じころで、それらが重なったことにより、日本企業はエネルギー価格上昇を商品価格には転嫁せず、団塊の世代が高齢化で労働市場から退出するのに合わせて、人件費の総額を減らすという方向で調整した」のだそうです。

ヤマボウシはハナミズキが終わった後に見頃となります

■ 岩手と山形
 講演の最後に藻谷さんは、日本全国飛び回っているけれど、好きなところは盛岡と山形県だとおっしゃいました。風土、人間性、食べ物、いろいろ理由を述べられました。
盛岡には岩手大学という素晴らしい大学があるじゃないですか、とおっしゃいました。工学部も農学部も研究では有名だし、東日本大震災では津波防災指導をしていた地域が被害が少なく、発生後は災害復興に大学を挙げて取り組んでいるところが素晴らしいとおっしゃいました。筆者は大いに共感しました。ふるさと岩手を褒められたのも嬉しいですが、山形県というのが同感だからです。蕎麦が美味い、温泉が良い、人々が温かい、山並みが美しい、寒暖の差が大きいので身が引き締まる、山形大学が特長を発揮して輝いているといった点です。実は勤めていた会社が東京、群馬、埼玉に工場があり、第四の工場をどこにするかと探したときに最後に残った候補地が岩手と山形でした。条件は交通至便であること、鉄道、飛行機、自動車・・・新幹線の駅、空港、高速道路のインターに近いところです。宮沢賢治の花巻と将棋の天童が候補地となりました。最終的には天童の東北パイオニアの隣になりました。東京から見たイメージは天童が近いからでしょうか。条件の中に蕎麦ともあったのではないか、と秘かに思っています。
天童市で食べた板蕎麦

■ 四、五十年前のイメージに基いて考える日本人
 藻谷さんいわく、「日本人の多くが言っていることは、四、五十年前のイメージに基いている」のだそうです。不動産を持っていれば安心といまだに多くの人が思っていると言います。藻谷さんは、その例として聴衆にクイズを出しました。「四、五十年前と比べて自殺が増えていると思いますか」・・・「増えている」という人が多数でした。「四、五十年前と比べて殺人すなわち他殺が増えていると思いますか」・・・「増えている」という人が多数でした。「空き家が増えているのは地方ですか、大都市ですか」・・・「地方です」という人が多数でした。「老人が増えているのは地方ですか、大都市ですか」・・・「地方です」という人が多数でした。「違いますよ、すべて逆です」というのが答えでした。

■ 自殺者数は減っている
 藻谷さんは、自殺者は減っていますということをデータを示されました。厚生労働省が警察庁の統計を基に公表したところでは、人口10万人当たりの自殺者数(自殺死亡率)は16.7人で、2017年の自殺者は1978年の統計開始以降で最少となりました。前年同期より20歳以上は全年代で減りましたが、19歳以下だけは増えています。少子化なのに未成年の自殺が増えているというのはなんとかしなければいけませんね。
 1998年に自殺者が急増し、その後10年ほどピークが続いた後グングン減少しています。1997年から1998年にかけ、北海道拓殖銀行(拓銀)、日本長期信用銀行(長銀)、日本債券信用銀行(日債銀)、山一證券、三洋証券など大手金融機関が、不良債権の増加や株価低迷のあおりを受けて倒産し、事態は金融危機の様相を呈しました。およそ10年に一度こうした「金融調整」があり、20年に一度バブル崩壊があると言われています。この金融危機はいわば政府が方針転換したことによって起きたものです。現在も金融機関が苦しんでいますが、これもマイナス金利という政府の方針転換によるものです。

この40年間の日本の自殺者数の推移

■ 殺された人も減っている
 他殺の件数も減っていると藻谷さんは指摘し、日本がいかに安全な国かということをおっしゃいました。秋葉原の無差別殺傷事件から2018年6月8日で10年となりました。元派遣社員の加藤智大死刑囚(35)が歩行者天国の交差点にトラックで突っ込んで通行人をはね、刃物で次々に襲って7人を殺害、10人に重軽傷を負わせた事件でした。戦後最悪の大量殺人事件としては、2016年7月26日未明、神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に元施設職員の男が侵入し、所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた恐るべき事件でした。このような大量殺人があったとしても殺された人の数は減っています。
 さらに2018年6月9日(土)午後9時50分ごろ、神奈川県の新横浜―小田原間を走行中の東京発新大阪行き「のぞみ265号」の車内で、乗客とみられる3人が首などを切り付けられ、30代の男性1人が死亡、20代の女性2人も重傷を負った事件、愛知県岡崎市の小島一朗容疑者(22)は、「むしゃくしゃしてやった。誰でもよかった」と供述しているそうです。これまた無差別殺傷事件です。
 このような恐ろしい事件のニュースを聞くたびに、日本は怖い社会になった、と感じませんか?しかしデータで見る限り、他殺者数は順調に減っています。津久井やまゆり園の19人は前年の他殺者数の6.6%にもなるのに、前年より総数は24人も減少したのです。

この70年間の日本の他殺者数の推移

■ 他殺と自殺マトメ
 「イメージにとらわれて物事を考えてはいけない」という藻谷さん、確かに自殺者も他殺者も減っているのです。右図をご覧になると、自殺と失業率が関連あるのは一目瞭然です。病気を苦に、という例もありますが、やはり仕事の悩みで自殺する人が多いということです。
 一方他殺者数は一貫して減っています。「日本の治安が悪化している」などという主張はどう考えても当たっていません。
 世界で最も他殺率が高いのは2015年データではエルサルバドル、人口10万人当たり108.63人、日本は197位0.31人、198位香港0.30人、199位シンガポール0.25人です。ちなみにロシア34位11.31人、米国86位4.88人、ベルギー137位1.95人、カナダ145位1.68人、フランス149位1.58人、英国169位0.92人、ドイツ176位0.85人、イタリア178位0.78人、韓国180位0.74人、中国182位0.74人です。ドイツは減少傾向ですが、英国は増加傾向です。日本は世界で最も安全な国と言って良いでしょう。

■ 交通事故死者数と高齢者
 交通事故死者数は1970年の1万6765人をピークに一旦急減したものの、1980年代に入ってジワジワと増えて、1992年の第二ピーク以降順調に減り続け、2017年は3694人と、最多時の五分の一、1992年の三分の一に減っています。様々な対策が奏功しているのでしょう。近年ではさらに自動車へのセンサとAIによる安全機能が搭載されてきて、ますます交通事故発生が防止されてくると思われます。
 高齢者による死亡事故が社会問題化していますが、75歳以上の免許保持者がこの10年で倍増しているわけですから、必然的に死亡事故も増えるわけです。免許保有者当たりのデータによれば16〜19歳と80歳以上の年齢層が突出して死亡事故を起こしやすいそうです。続いて20〜29歳と70〜79歳が同程度ということです。すなわち高齢者だから事故を起こしやすいわけではないとしても、若者と高齢者が危ないのは事実です。若者はクルマ離れが言われています。高齢者は昔より10歳若返ったといわれますが、少なくとも75歳から80歳からは運転しないのが無難ですね。

■ 人生9回裏まで
 藻谷さんがおっしゃるには、今五十歳以上の人は九十ウン歳まで生きると言います。広島カープファンである藻谷さんは、野球になぞらえて人生は9回裏まである、と言うのです。9回裏すなわち95〜99歳まで生きると考えて人生設計しなさいとのこと。2010年から2015年の5年間で東京の人口は36万人増えて、うち34万人は若者、全国から若者が東京に移動していると言います。人口が増えているのは東京以外では神奈川、愛知、埼玉、沖縄、福岡県です。一方で日本で64歳以下が減っていないのは沖縄県だけ、65歳以上の人口増日本一は東京、空き家が多いのは大都市圏です。これから大都市圏は老人比率が増えて、医療、介護の問題に直面する、特に厳しくなるのは東京だというのです。将来を考えたら東京は暮らしやすい街ではなくなるそうです。

■ 地域力を生かした街づくりを
 盛岡市役所の脇を流れる中津川には、秋に鮭が遡上し、冬には白鳥が飛来します。日本全国どこにもこれだけの大きな街でこのような綺麗な川が街中を流れる都市は無いと言います。しかも周辺の山々からの伏流水で市内に環境省の「日本名水百選」に選ばれたおいしい水の湧出地が二箇所もある珍しい街、食料は周辺の農村から手に入る、水力発電、地熱発電、風力発電、太陽光発電などのエネルギー資源はたっぷりある、こうしたリソースを生かして人が集まる街づくり、職場を確保し、公共施設あるいは病院といったコミュニティー機能を整備すれば、安心安全のネットワークを求めてまた人が集まると言います。なるほど、企業来い来い、という前に、人が集まる仕組みづくりが大切なんだなと納得しました。
 大都市に人が集まると子どもを産まなくなる、保育所云々より、根本が違っていると言います。里山の暮らしで安心安全のネットワークの中に居れば子どもが産まれる、どこかで女は子どもを三人産めと言った政治家が居ましたが、そういう問題ではないのです。必死に頑張らなくても手を抜きながら生きていける場所が必要なわけです。

盛岡市役所脇の中津川に白鳥が居ます

(2018年6月11日)


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