
243 まさか
| 久し振りの青空が広がりました。11月3日(金)は文化の日、芸術の秋、文化の秋でした。各所で文化祭が行われています。3週連続雨天順延の第77回埼玉南部少年野球秋季大会もやっと試合が出来ましたが、第43回埼玉県西部地区秋季選抜大会、第10回東武鉄道杯東上沿線少年野球大会とモロにガッチンコ、関係者は調整に苦労されたことでしょう。11月3日(金)雲ひとつ無い快晴の青空にブルーインパルスが描いた飛行機雲が鮮やかです。そう、この日は入間基地の航空祭です。毎年坂戸市から眺めていたのに今年は新座市からでした。何故でしょう?ワカル人はワカル、ほとんどの人は何のコッチャ?と思われるでしょうね。11月4日は満月でした。 ■ 東京盛岡ふるさと会 昨週は大変な週でした。10月28日(土)に九段のホテルグランドパレスで東京盛岡ふるさと会(会費1万円)があって参加しました。喉を痛めて、熱っぽく、体調悪かったのですが、インフルエンザとは思えないし、歌を歌うわけじゃないし、他の人に迷惑ではないだろうと無理して出掛けました。谷藤盛岡市長はじめ知己多く、高校同窓会や岩手県人会、産業人会ほかの人々との親交のためです。
■ 金田一秀穂氏の話から 普通大学教授の話なら「講演」のはずなのに何故「トークショー」なのか、それは金田一秀穂さんのキャラクターのせいでしょう。金田一秀穂氏は杏林大学外国語学部の教授です。外国語学部で日本語を教えています。外国語学部なのになぜ日本語なのかと言いますと、そのインタビューをご覧になれば分かります。 ふるさとが無い秀穂さんですが、盛岡の印象を一言で言うと「ホッとする街」だそうです。おじいちゃんの京助さんは女性的な言葉遣いの人だったと言います。盛岡で会った老人が祖父と全く同じ話し方をされるので、盛岡のおじいちゃんはこういうオネエ言葉なのかな?と思ったそうです。これは思い当たるフシがあります。丁寧な言葉遣いをするとそうなるんですよ。 秀穂さんは翌日から中国へ行くといっていましたが、中国では空港のカメラで顔画像認識をするや、この人はどういう人だということが瞬時に分かる超監視社会システムが完成されており、どこへ行ってもその行動が追跡されているようですよと言っていました。AI(人工知能)技術が進化して、今や将棋や囲碁でも人間はAIに勝てなくなりました。Google傘下の英国ベンチャーDeep Mindの「アルファ碁」が世界最強棋士の中国kaketsu9段に三番勝負3戦全勝し、もはや人間との勝負は終わり、今後は医療などの分野に取り組んで行くというニュースが以前ありました。秀穂さんいわく、これから不要になるのは医師ではないでしょうか?今でさえ医師はモニターばかり見ていて、患者の顔を見ようとしないヒトが増えました。聴診器持ってる医師見たことありますか?イヤ確かに今どき聴診器で胸の鼓動聞かなくてもいくらでも測定器がありますから...健診履歴などもデータベースに入っています。やがてAIが診断してくれるようになります。ただ医師は不要でも看護師さんは必要です。「いかがですか?」という優しい問いかけに患者は救われるのです。AIが発達して便利な社会になっても、看護師さんとの会話のようなコミュニケーションがとっても大事なのです。 ■ 無駄なように見えて大切なもの 私たちは一生懸命外国語を勉強しますがなかなか上達しません。しかし赤ちゃんは...私たちよりはるかにバカな赤ちゃんが、アメリカでは英語でお母さんと話してます!これは言語学的に言うとナゾなのです。どうして赤ちゃんはしゃべれるのか?お母さんを見てみましょう。言葉の分かるはずがない赤ちゃんに対して、ムダなように見えて、実は一生懸命話しかけています。赤ちゃんは、これで言葉を話せるようになるのだそうです。
■ まさかの高校同期生逝去 高校同期生の女性が亡くなりました。東京盛岡ふるさと会お開きの後、体調不良で二次会にも行かず帰宅して、そのまま寝込みました。翌朝起きて、もう声はガラガラ、ダメダコリャ、台風22号の影響で強い雨です。しかしいつもの癖でパソコンに向かいました。厚手の服を着込んで、体中温かくしてひざ掛けもして、すると盛岡の高校同級生からメールが来ていました−−−スマホに電話しても繋がらなかったからメールする−−−と。スマホを見たら真っ暗、電池切れでした。
■ 余りに突然の旅立ち 女性社長からもメールが入りました。嵐の中、医師の同期生と共に見舞ったのですが、鎮痛剤、鎮静剤の影響か、こん睡状態で、話すことは出来なかった、手を握ったら温かかったのに、1日も経たずに旅立ってしまうなんて・・・「信じられません」とのことでした。10月30日逝去、11月1日お通夜、11月2日葬儀との連絡があり、在京の同期生各位にお知らせの同報メールを発信しました。 立川市の斎場での葬儀の後、立川駅まで車で送った女性は故人とイタリア旅行に同行した友人でした。9月26日に出国して、シチリアを旅して10月6日に帰国したそうです。旅行の間、1日だけ食欲が無いと言っていたときもあったそうですが、旅行中6時間ぐらいのバス旅の行程があり、その疲れだろうと思っていたそうです。そういえば以前子宮ガンと言われたことがあり、セカンドオピニオンを選択したらガンは無いと言われたという話をしていたそうです。帰国後1週間ほどしてどうもおかしいと言うので大きな病院へ行き、そのまま入院、弟さんの話では、もう体中に転移していて年内持たないとの診断だったそうです。原発も分からないとのことでした。しかし9月22日の六本木会食の4日後に海外へ出掛け、2週間後に帰国して、3週間後に余命いくばくも無いなんて信じられません。ガン患者特有の痩せた様子も有りませんでした。体調が悪ければ夜の六本木へ来るはずがありません。同席した女性社長が「信じられません」というのは全く同感でした。医学的には稀有なことのようです。 ■ まさか 「まさかの逝去」と上で書きましたが、「まさか」とか「たまさか」という言葉は何なんでしょう。「たまさか」というのは「たまたま」と同じで、偶然に起きたことという意味です。「たま」は、「玉」などの漢字を宛て、本来は「有難きこと(=珍しいこと)」ということを言うそうです。では「まさか」は?小泉純一郎元総理が言いましたね、「人生には三つの坂がある。上り坂、下り坂、そしてまさかである」・・・上り坂;つまり万事が好調で、何をやってもうまくいく時、下り坂;つまり不調に陥って何をやっても思い通りにならない時、そして、三つ目の坂;これが“まさか”という坂なのだそうです。この“まさかの坂”は急に出現し、予測不可能なもの、よく昔の人は「一寸先は闇」と言いましたね。人生好調な上り坂の時にまるでエアポケットに陥るように“まさかの坂”が出現して奈落の底に突き落とされたり、下り坂の時に、追い打ちをかけるように“まさかの坂”が現れて、これでもかという具合に決定的なダメージを頂いてしまうことがあります。“まさかの坂”は、人生にはつきものといっていいかもしれません。予測不可能な坂だからこそ、“まさか”なのでしょう。常に油断をしないことを心の戒めにするにしても、いつ“まさか”が現れても仕方無いステージに入ったのだとすると、そのときに備える準備をしなければなりません。 同期生の彼女は、入院から2週間チョット、急ぎ過ぎですが、考えようによっては、嵐のように去っていって、私たちに思い出を残してくれて、素晴らしい人生を生きたのだろうと思います。葬儀に集まった人たちは、そんなに多くなかったけれど、女友達が主で、我が同期生も8人が集いました。葬儀から帰って仏壇に挨拶状をそなえ、線香を焚いて拝みました。段々増えて行くのは仕方ありません。古稀まで生きる人は古来稀だったわけですから、残された私たちも、精一杯かつ楽しくをあらな。 (2017年11月6日) |