166  誰のためのTPP?

 スタンフォード大学フーヴァー研究所教授西鋭夫(としお)氏の講演録 "誰も言わない 明治維新の真実"について先般紹介しました。その西鋭夫先生がおっしゃっていること「TPPは危険です。日本の政治家は、誰も、TPPの本当の意味を理解していません。TPPの本当の狙いは、”国の法律よりも、企業の訴訟が優先する”という点にあるのです。アメリカの企業が日本国を訴え、訴訟に勝つことができるようになります。どんどん不平等条約が増えて行くでしょう。アメリカの安価な米がどんどん輸入され、日本の米農家が消えてゆくことになり、アメリカ独占のコメ市場になって行きます。このままでは日本は、ますますアメリカの属国になることになります」についても紹介しました。アメリカのお蔭で飯を食っている人が、どうしてこんなことを言うのでしょうか?

■ 米大統領選候補はいずれもTPP反対
 また前回、共和党の大統領候補ドナルド・トランプがTPPに関しては反対の立場をとっていますが、先頃合意されたTPPの中身は、トランプが言っていることとは違うと書きました。民主党のヒラリー候補はオバマ政権の閣僚でしたから、TPP推進だったはずですが、TPP反対の急先鋒サンダース旋風に苦戦する中で、「このままでのTPPには反対」と方向転換しました。すなわちオバマ大統領の意思とは逆に、大統領候補にはTPP賛成の人は居なくなりました。いったいアメリカで何が起こっているのでしょう?

■ 「強者のためのTPP」という論あり
 米大統領選で自壊し始めた「強者のためのTPP」http://diamond.jp/articles/-/88054…山田厚史氏(デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員)---「世界かわら版」【第105回】 2016年3月17日/ダイヤモンド・オンライン88054というものを見ますと、ひとつの答えがある気がします。山田厚史氏は−−−「21世紀の経済ルールを描く」と環太平洋経済連携協定(TPP)を主導してきたアメリカで失速が鮮明になっている。大統領候補で、TPPを担ぐ候補は1人もいなくなった。トップを走るトランプ候補は「完全に破滅的な合意だ」と歯牙にもかけない。民主党ではヒラリー・クリントン候補が「反対」を表明。追撃するサンダース候補はTPP批判の急先鋒だ。TPPは経済規模が大きい米国と日本のどちらかが批准にしくじれば成立しない。シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリという「4つの小国」が自国にない産業を補い合う経済連携だったTPPに米国のグローバル資本が目をつけ、「アジア太平洋市場」を自分のルールで作るため投資と金融サービスを新たに盛り込んで、いわばハイジャックしたのだ、と言うのです。

■ TPP断固反対から一転賛成へ
 TPPに関しては、様々な意見があって、自民党内では全員賛成かといえばそうでもない、民主党も同じです。新聞全国紙大手はこぞって賛成、地方紙はおおむね反対です。日本では農業と医療が主としてクローズアップされてきました。農業団体の強力な抵抗に対し安部総理は「農協改革」を打ち出して全中を押さえつけました。不満はくすぶっているものの、これ以上抵抗すると農協の金融機能を取り上げるぞと脅されて、身動きとれません。しかし翻って右のポスターを見て下さい。2012年の自民党の選挙公約は「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す自民党」であり、「日本を取り戻す」でした。それが選挙に大勝した途端、TPP賛成に180度転換しました。ウソつかない?これはオバマ大統領が当時の菅直人首相にTPP推進を強力に働きかけ、後を継いだ野田首相がそれまでの民主党の方針を一転させてTPP推進に舵を切ったことや、消費税を上げないという民主党の公約を反転させて財政改革のために増税とした事を見て、「ウソをつく、ブレる」民主党から「日本を取り戻す」と宣言したのです。民主党に対して怒った国民は、自公支持派はそれほど変わらなかったのですが、特に無党派層が第三極に流れたため、小選挙区制ですから自民党が圧勝しました。再び政権を取り戻した自民党に米国政府が何を働きかけたか、その答えはご存知の通りです。公約なんて選挙が終わったら忘れて良いのが日本です。


■ 大統領選で火がついたTPPへの反発
 なぜアメリカでTPPの評判が悪いのか、山田厚史氏は次のように述べています・・・「アメリカ」と一言で語られるところに盲点がある。アメリカの誰が利益を得るか。アメリカ内部でも利害は錯綜している。オバマ政権で国務長官を務め「賛成」のはずだったヒラリーが「反対」に回った最大の理由は、労働組合がTPPに反対しているからだ。自由貿易は外国製品の流入を招き労働者から職場を奪う。1980年代に日米摩擦が吹き荒れたころと同じ論理が持ち出された。当時「雇用の敵」は日本製品だった。今は中国、韓国などアジアからの輸入が心配されている。またもう一つ異なる変化…米国資本のグローバル化が起きている。自動車ビッグ3の筆頭ゼネラルモーターズ(GM)が存亡の危機にさらされた80年代は、米国の企業と労働者には日本メーカーという「共通の敵」がいた。今は違う。グローバル化した資本は、本国で勝てない、と見れば外国に投資して生産を行う。資本は逃げることができる。労働者は取り残され、雇用を失う。グローバル化は、資本には都合がいいが、ローカルで生きるしかない労働者には迷惑である。民主党は労組を支持基盤にしている。不満を吸収し支持を広げたのがサンダースだ。「TPPは1%の強者が世界を支配する仕組み作りだ」と訴えた。アメリカは訴訟社会だ。高給を食むローファーム(企業弁護士事務所)の弁護士はアメリカのエスタブリッシュメントの象徴でもある。彼らはクライアント企業の要請を受け「TPPのルール作り」の素案を書く。アメリカ政府はグローバル資本の利益を推し進める舞台装置になっている。商売はうまくても民間企業のできることには限界がある。グーグルやアマゾンが強くても自力で他国の法律や制度を変えることはできない。外交や政府の出番だ。米国の政治力がなければ他国の市場をこじ開けることはできない。アメリカの参加で、投資と金融サービスがTPPの主題となった。背景には、成長市場で儲けを狙うグローバル資本がいる。この構造は、本連載バックナンバー「TPP幻想の崩壊が始まった。交渉停滞、困るのは誰か? 」などで触れているので端折るが、グローバル資本が先導するTPPという構造は、混戦模様の大統領選挙で炙り出されたのである。政界で大きな顔をしている政治家が、社会の一握りでしかない強者と結びついていることに有権者は反発し、TPP論議に火がついた。

■ 政治をカネで買わないから言いたいことが言える
 米国では「ロビイスト」が暗躍して政治をカネで買う仕組みです。ところが、資産家であるトランプ候補、市民から小口の献金を集めるサンダース候補は企業献金を受けていません。これまでの大統領選挙では、産業界やユダヤ人団体など強者からの支援なしには出馬できませんでした。これがタブーを破る論戦を生んで、製薬会社が強者の象徴として矢面に挙げられました。「国民は満足な医療を受けられないのに、製薬会社は高価な薬品を売りつけ大儲けしている」とやり玉に挙げられたのです。ファイザーを始めとする米国の製薬業界は豊富な資金力を使い、TPP交渉の最終局面でも知的所有権問題で、新薬特許の有効期限を長期化するよう圧力をかけ続けました。民主党はもともとTPPに懐疑的でしたが、共和党は賛成でした。ところが選挙戦で評判の悪いTPPが槍玉に上がり、ヒラリー候補は「無理してTPP反対と言っているだけだ」とサンダース候補に攻められ「反対」を強調するようになりました。一方グローバル資本が支援していた候補者たちは次々と撤退して、ついにTPP推進候補が居なくなったというわけです。

■ 強者による市場支配に気付いた米国市民
 それでは日本ではどうでしょうか。米国で「反市民的」と見られ始めたTPPが日本では、「成長戦略の要」と言われています。これについて山田厚史氏は次のように述べています・・・秘密交渉ですべての資料が非公開とされ、協定全文が「公表」されたものの膨大かつ専門的で読めるものではない。議員や専門家が調べても、細部は分かっても全貌は掴みづらい。政府は都合よい試算を示すだけで、全体像を分かりやすく国民に示す気はない。国民や国会の無理解をいいことに形式的な審議で国会を通してしまおう、という魂胆だ。メディアの動きも鈍い。情報や解説を役所に依存している。TPPで得をするのは誰で、損をするのは誰か。農業の問題はいろいろ議論されたが、農業はTPPの中心テーマではない。誰が得をするのか、を探るなら、TPPを推進したのは誰かを見れば分かることだ。米国の「TPP交渉推進企業連合」に参加するグローバル企業が旗頭である。これらの企業が何を求め、どれだけ実現されたのか。その結果、日本でどんな変化が起こるのか。将来に向けていかなる布石が打たれたか。日本は防戦を強いられ、大幅に譲歩した農業分野の陰で、日本は何を失ったのか。その検証が必要だ。米国と同じように、日本のグローバル企業は途上国で活動の自由を広げただろう。しかしアメリカ市場では乗用車の関税撤廃が30年後になったように、抑え込まれた分野は少なくない。アメリカでは、強者に丸め込まれる政治に有権者の怒りが爆発し、TPPまで問題にされた。「21世紀の経済ルール」というもっともらしい表書きの裏に「強者による市場支配」が潜んでいることに市民が気づき始めたからだ。悲しいことに日本はまだそこに届いていない。

■ 日本は何を得て何を失ったかを明らかにせよ
 そうか、西鋭夫先生が言うことと山田厚史氏が言うことにやっと共通点が見えてきました。TPPは「成長戦略の要」と日本国政府は言いますが、その「成長」とは企業の成長、それも日米共にグローバル企業だということです。農業は主要テーマではなく、企業活動を闊達に行えるようにする、それが不合理なら訴訟に訴える、そういう経済システムにして行こうというのが本質のようです。合意に達したTPP交渉の影で、日本は何を得て、何を失ったのか、その検証を行って、TPPが日本国民の将来に何をもたらすかを明らかにしないといけません。本来日米間では米国に有利になるはずのTPPが、自分たちの暮らしに有利になるものではないと米国の民衆が気付いたことに、日本の民衆が無関心で、気付いた時は後の祭りなんてあってはならないことです。西鋭夫先生が「日本の政治家が理解していない」と言うのですから、ましてや国民は何のことやらわからないというのが実態でしょう。

■ 蜷川幸雄さんご逝去

 “世界のニナガワ”として国際的にも高く評価された舞台演出家、文化勲章受章者の蜷川幸雄(にながわ・ゆきお)さんが2016年5月12日、肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で死去、80歳でした。埼玉県川口市生まれでもともと俳優でしたが、独学で演出を学び、アングラ小劇場運動の旗手として台頭しました。1974年には東宝の「ロミオとジュリエット」で商業演劇に進出しました。歌舞伎や新劇、小劇場、アイドルなど様々なキャリアの出演者を大胆に起用し、有名無名を問わず怒声を飛ばす妥協なき演出で鍛え上げました。いわゆる「コワイ演出家」として有名でしたが、俳優たるもの、蜷川さんの演出で舞台に立ちたいというのが夢という人が多かったのではないでしょうか?NHKの朝ドラ「とと姉ちゃん」主演の高畑充希さんは小さい頃から蜷川さんのファンだったそうで、2015年音楽劇「青い種子は太陽のなかにある」で憧れの蜷川演出に出演、60年代の高度成長に躍る日本、個性的なスラムの住人たちのドタバタや若者の悲恋の中で、反体制の視線を象徴的に描いた作品で、主演はKAT-TUNの亀梨和也さんでした


蜷川幸雄氏逝去
埼玉のために尽

力してくれました

(2016年5月15日)


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