109  花見

 今年の東京は桜の満開が本州の先駆けでした。5月並みの陽気で一気に咲きました。東京には桜の名所が数多くありますが、王子駅隣の飛鳥山は、徳川吉宗が庶民の娯楽のために桜を植えて、「お花見」という楽しみを浸透させたことで有名です。誘ってくれる人がいて、飛鳥山でお花見となりました。凄い人出でした。JR王子駅の南口から行きましたが、東京に山があるというのを改めて知って驚きました。東京都区部の山と言えば港区の愛宕山、標高25.7mで天然の山では一番高いそうです。新宿区の戸山公園の箱根山が標高44.6mで東京都区部では一番高いそうですが、これは江戸時代に作られた築山だそうです。飛鳥山は標高25.4mだそうです。「山」と付いていますが、国土地理院は山とは認めてくれないそうです。愛宕山は「東京一低い山」と国土地理院の2万5千分の1地図に記載されています。「山」の定義があるんでしょうね。確かに愛宕山は山の形をしていますが、飛鳥山は岡のような感じです。JRの線路に沿って、まるで巨大な戦艦が横たわっているような感じです。実際行くと結構高い感じがします。
飛鳥山公園の観音様の前でお花見
「アスカルゴ」という名前の山登り用モノレールがあります。無料ですが、行列です。公園内には三つの博物館(紙の博物館・北区飛鳥山博物館・渋沢史料館)や、渋沢庭園[青淵文庫(せいえんぶんこ)・晩香廬(ばんこうろ)【国指定重要文化財】]があります。

■ 外国人の多さにびっくり
 先日湯島の岩手屋で雫石町友会の役員会がありました。御徒町駅で下車して久し振りにアメ横を歩いてビックリ、外国人ばっかり!その後桜が咲き始めた不忍池に行ってこれまたビックリ!外国人がウジャウジャ。桜をバックに記念写真、皆笑顔です。今や花見は日本人だけのものではありません。新聞を見たら今都内のホテルは満室、日本のサクラは大人気だそうです。中国などあまりに日本行きの観光客が殺到して、日本政府は通常手続きでは間に合わず、臨時ビザ発給に大わらわ、なるほど、さもありなんと実感しました。これも円安と、アジア諸国が豊かになった顕れです。

■ AIIBへの参加表明続々
 中国が設立を主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank、AIIB)」は、創設メンバーの申請期限だった3月末までに米同盟国を含む49ヶ国・地域の参加を集め、中国は外交面で素晴らしい成功を収めました。国連安全保障理事会の常任理事国5ヶ国のうち米国以外の4ヶ国、経済協力開発機構(OECD)加盟34ヶ国のうち18ヶ国、東南アジア諸国連合(ASEAN)全10ヶ国が名を連ねており、台湾も参加を申請、主要国で参加表明しなかったのは米国と日本だけです。AIIBの創設メンバーには、カザフスタンやミャンマーに代表される中国と関係の深い国々に加え、ドイツ、英国、フランス、イタリア、オーストラリアといった有力な米同盟国も名乗りを上げました。以前にも書きましたが、21世紀はアジアの世紀です。アジアでは今後、輸送や電力、通信などの大型インフラ投資の需要が高まります。2010〜20年のアジアへのインフラ投資額は推定8兆ドル(約960兆円)で、日米が主導する世界銀行(World Bank)とアジア開発銀行(Asian Development Bank、ADB)の資金だけでは賄いきれません。米国と日本はガバナンス(統治)や融資基準に関する懸念から、これまでのところAIIBへの参加を見送っていますが、日本財界からは参加すべきだとの声が多くなっています。それはそうですね。インフラが得意なのは日本企業で、中国や韓国の企業が施工したものでは事故が相次いでいますが、日本企業に対しては圧倒的な信頼感があります。途上国は日本企業に発注したくても、元手のお金が必要です。政経分離し過ぎですね。都内の観光客を見たら、中国人はずいぶん日本好きのようですが。

■ 4月から変わるもの・・・減る年金
 年度が新しくなりました。4月から変わるもの、私たちの暮らしにいろいろ影響が出てきます。
 年金支給額の伸びを物価や賃金の上昇よりも低く抑える「マクロ経済スライド」が初めて実施されます。直近の物価・賃金上昇率が2.3%増だったのに対して、年金は0.9%増にとどまります。これまでは物価スライドでした。実質的に年金は目減りします。国民年金の毎月の支給額は満額で608円増の6万5,008円、厚生年金は夫婦2人の標準世帯で2,441円増の22万1,507円。マクロ経済スライドによって抑制される額は、国民年金で約600円、厚生年金で約2,000円です。厚生労働省の試算によれば、今後日本経済が好調だったとしても実質年金額は減り続けます。もし働き手が今のペースで減り続け、経済が不調なら年金原資は枯渇すると見込まれています。そうなると政府は、支給開始年齢を遅くするでしょう。そもそもこの制度が発足した頃は日本人はそんなに長生きではなかったので、「もし長生きしたら」生活資金が不足するので年金保険をかけたのです。保険であって、預金ではありません。保険というのは万が一に備えるものですから、長生きしてしまったら貰うけれど、支給開始前に死んだらしょうがないということです。現役時代に死んだら家族の生活が困るだろうから、と掛けるのが生命保険、長生きし過ぎたら収入のあてがなく困るだろうから、と掛けるのが年金保険というわけです。長寿化で支給対象者が増えて、年金保険制度が行き詰ってきたので、本来の趣旨からすると、支給開始年齢が遅くなるのは致し方ないと言えます。

■ 4月から変わるもの・・・値上げ、増税
 食品の値上げも相次ぎます。大手乳業各社は国内酪農家から買い取る生乳の価格上昇などを受け、牛乳、バター、チーズ、ヨーグルトといった乳製品の出荷価格を引き上げます。この他、原材料価格の上昇と円安を背景にネスカフェなどコーヒー、サントリーのウイスキー、食用油、ケチャップなどが値上げされます。ミスタードーナツ、すき家の牛丼、ディズニーランドの入園料、電気料金、都市ガス料金、軽自動車税も増税になります。4月以降に購入した新車が対象で、自家用乗用車の場合、現在の年7,200円から1.5倍の年1万800円に引き上げられます。国民年金の保険料は1万5,590円と340円上がります。介護保険分野では、特別養護老人ホームなどの利用料が下がりますが、在宅介護サービスは引き上げとなります。高齢化の進展により介護費用が増えるため、市区町村ごとに決める65歳以上の保険料は月額平均4,972円から5,550円程度に上昇する見込みです。

■ 日銀短観は横ばい、先行きは慎重
 4月1日に発表された日銀短観(3月調査)では、 大企業製造業DIがプラス12ポイントと、前回の2014年12月調査のプラス12ポイントからは横ばいとなりました。3ヶ月先の予測はプラス10ポイントと2ポイントの悪化でした。大企業非製造業はプラス19と2ポイントの改善でしたが、3ヶ月先の予測はプラス17とやはり悪化を示しました。
 大企業全産業の2015年度の設備投資計画(含む土地投資額)は前年度比マイナス1.2%となり、全規模合計では前年度比5.0%のマイナスとなっており、企業経営者は景気の先行きについてかなり慎重な見通しとなっているようです。大企業の製造業は増やす、非製造業は減らす計画となっているのは円安のせいでしょう。また大企業と中小企業の差は一段と拡大しています。景気が拡大する時は企業は設備投資を増やし、個人は消費を増やします。日銀の物価目標は達成できる見込みがなくなっており、企業の景況感も短観を見る限りかなり慎重になっているということは、先行きを明るいと見ることはできません。原油安がいつまでも続かないと考えているのでしょう。株価は先行きの企業に対する期待指標ですが、こうしたデータを見ると、株価がグングン上がっていく状況には無いということです。もしそれでも上がっていくなら要注意、マネーゲームになっている可能性があります。実態経済と株価や金利が乖離すればするほど、いずれそれが修正されるときがやって来ます。異常な状況に慣らされてしまうと異常さが感じられなくなることは、過去経験してきましたね。
 一方従業員が不足していると感じている企業が、規模や業種を問わず、一段と増えていることが明らかになりました。従業員の数が「過剰」と答えた企業の割合から「不足」と答えた割合を差し引いた値で、マイナスが大きいほど人手不足を感じている企業が多いことになります。今回の短観では、全体でマイナス17ポイントとなり、前回、3ヶ月前の調査よりマイナス幅は2ポイント拡大し、平成4年の調査以来、およそ23年ぶりの水準となりました。人手不足感の高まりは、働く人にとっては賃金の引き上げにつながる一方で、中小企業などにとっては人件費の増加で収益を圧迫する要因ともなります。

■ 盛岡駅からツイッターで感動が拡散
 2015年3月30日(月)JR盛岡駅に、「この春に卒業を迎えたみなさまへ」というメッセージボードが出されたところ、これがネットで話題になりました。
「今まで以上に岩手が好きになった」「盛岡駅、あったかい」といった声が相次ぎました。このメッセージボードを発案したのは高校時代に片道50分の列車通学を経験した入社2年目の駅員でした。自分が卒業した時のことを思い出し、卒業した人のためにメッセージを出そうと思って、提案し、実現したのだそうです。その日のうちに1万5千を超えるリツイートを記録しました。
 筆者は高校時代、田沢湖線の前身の橋場線のSLで雫石から盛岡へ汽車通学しました。汽車ですよ、汽車!東北本線で通学している学友からは、「オマエは汽車か、オレは電車だ」と言われたものです。当時は真冬には零下15℃を下回る日もありました。零下10℃未満なら「寒い」のですが、零下10℃を超えると「しばれる」のです。これはもう「痛い」という感覚です。冬は1階の玄関が屋根からの落雪で開かないので、2階への階段の踊り場にドアを付けて、冬用の出入り口にしていました。夏に見ると異様でした。吹雪でも無欠席で、自分を褒めてやりたかったですね。

盛岡駅広報グループ・・・・「まさかこんなに拡散するとは思っていませんでした。駅長含め、驚いています」

■ 第87回選抜高等学校野球大会は敦賀気比が優勝
 第87回選抜高等学校野球大会(主催:毎日新聞社、日本高等学校野球連盟)は敦賀気比が優勝しました。前々回ネット上で紹介された優勝候補や有力校を紹介しましたが、BEST4のうち浦和学院と敦賀気比は当初から優勝候補、大阪桐蔭は有力校、しかし有力校の健大高崎を破った北海道の東海大四は意外というところでした。準決勝の対戦、大阪桐蔭と敦賀気比は昨夏、準決勝で激しい打ち合いを展開し、15−9で大阪桐蔭が平沼を打ち込んで勝ち、浦和学院と東海大四は、昨秋の明治神宮大会準々決勝で対戦し、10−0の6回コールドで浦和学院が圧勝しました。ともに選手の記憶に新しい対戦だけに、リベンジの戦いになる、と書いたのですが、筆者の予想では浦和学院と敦賀気比の決勝戦になるだろうと思っていました。
 大阪桐蔭のエース田中は安定していると思ったら、ナント!敦賀気比背番号17の松本が初回満塁ホームラン、続いて2回にも満塁ホームラン、大会新記録です。敦賀気比のエース平沼は、容易に打てるピッチャーではありません。昨夏はムキになって力勝負に行ってボコボコにされましたが、やはりしっかり勉強して、同じ轍は踏みませんでした。それどころか、完封しました。東海大四はエース大沢の投打にわたる活躍で、総合力で上回る浦和学院に勝ちました。強打の浦和学院はチャンスの連続ですが、あと一歩のところで大沢が踏ん張ります。そのうちに打球も明らかに浦和学院にツキが無くなり、流れがハッキリ東海大四に傾きました。野球は強いほうが勝つ、というものでもありません。普通は強いほうが勝つのですが、流れを呼び込んだほうが勝つ、ということがあるのです。流れとは水の動きの例えです。流れに乗る、すなわち精神力で上回ったほうが、怒涛の勢いで相手を押し流します。東海大四の大沢投手は再三のピンチにも動ぜず、土俵際で踏ん張りました。これはキャッチャー小川の好リードと、ナインへの声掛けによるものです。
 さて決勝戦、敦賀気比が投打にまさっています。もしかすると圧勝するのでは?と思いました。ところがドッコイ、浦和学院を破った東海大四の底力は本物でした。東海大四のエース大沢は再三のピンチを切り抜けます。やがて、もしかして北海道に優勝旗が?と思うような流れになってきます。ところが、敦賀気比のエース平沼は、ピンチになるほど気合を入れて打者に立ち向かいます。「いや〜〜〜、カッコイイなぁ〜、このピッチャー」と思いました。東海大四が同点の均衡を破って勝ち越せる場面、3塁にランナーが居て打席に大沢、ここで敦賀気比バッテリーはスクイズを外し、3塁ランナーをランダウンプレーの末タッチアウトにしました。東海大四が浦和学院を破った時のダメ押しが大沢のスクイズでした。敦賀気比バッテリーは「絶対来る!」と考えていたのでしょう。スクイズという作戦は、成功したときはヤッター!とうれしいのですが、外された時は惨めです。この成否が流れを変えます。したがって監督にとっては大変強気の作戦なのです。これで流れは一気に敦賀気比へ、背番号17の松本が2ランホームランで試合を決めました。流れとは恐ろしいもので、好投の大沢の球が、吸い寄せられるように松本のバットへ向かって行ったのです。それを逃さないところが、ツキ男ならではということです。
 敦賀気比の優勝は、優勝候補最右翼の仙台育英を破った時点で決まったと言えます。故小林繁さんが、少年野球時代の平沼を指導した時に「この子は絶対プロ野球で活躍する選手になる」と言ったというエピソード、昨年夏のピッチングでもなるほどと思いましたが、今大会でますます納得しました。浦和学院や仙台育英は夏にまた見たいチームです。仙台育英は来るでしょうが、浦和学院は要注意です。なにしろセンバツで優勝した年の夏に埼玉県予選で敗れた前例があります。それだけ埼玉県大会を勝ち抜くのは難しいのです。

■ 大勝軒創業者、山岸一雄さんご逝去
 飛鳥山で花見した後、折角ですから王子から都電荒川線に乗りました。酔っ払っていて、乗るときに¥170が無くて千円札で払いました。東池袋で下車して、そうだ久し振りに大勝軒に寄ろうと思いました。我が青春のラーメン屋です。勤務先が池袋でしたから。やはり飲んだ後はラーメンですね。おいしかった。帰宅して下記ニュースを知りました。山岸さんに呼ばれたのか・・・・と納得しました。昔の小さなラーメン屋で、巨体を揺すりながらラーメンスープの鍋をかき回していたあの姿が偲ばれます---合掌
 東京・東池袋で元祖行列のできるラーメン店「大勝軒」を創業した山岸一雄さんが2015年4月1日、心不全のため都内の病院で逝去、享年80歳でした。麺とスープを別々に出すつけ麺を考案、たくさんの弟子を育成し、全国各地にのれん分けをした店舗があります。「ラーメンの神様」とも呼ばれ、ドキュメンタリー映画にもなりました。サンシャイン60の足元のうらぶれた場所にあり、通ったものです。45分待ちなので客は本持参でした。2007年に区画整理のため、東池袋本店はいったん閉店しましたが、1年後に東京メトロ東池袋駅前で復活しました。
大勝軒の中華そば

故山岸一雄さん
 今大勝軒はいたるところで見かけますが、別にチェーンではなく、暖簾分けしてもロイヤリティもとらなかったそうです。奥様が亡くなられた時はいつまで経っても店を閉じたままだったので、ファンは心配しました。このまま二度と大勝軒のラーメンを食べられなくなるのでは?と危機感を抱いて、ファンは山岸さんの背中を押して再開にこぎつけました。筆者も店の前に行っては「ああ、まだ閉じてる」と心配したものでした。子供がいなかったので、東池袋大勝軒は飯野敏彦さんが店長として切り盛りしています。酔っ払っていて、定かではありませんが、今回食べた中華そばの量は普通だった気がします。人気の理由の一番は量でした。昔の店のときはその量に驚きました。何しろ、一見さんが「大盛り」と注文したら、店中の客が一斉にそのお客さんを振り返って見たものですから、そのお客さんはビビッて「何か自分悪いことを言っただろうか?」というように首をすくめていました。やがてそのお客さんの前に、洗面器のような丼が差し出され、目がテンに・・・、周りのお客さんはクスクス、普通盛りが他の店では大盛りの量でした。魚介と肉汁のミックス味のスープでした。
(2015年4月5日)


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