682  新沼謙治50周年

 岩手県大槌町の山林火災が鎮圧されました。大船渡もそうでしたが、「恵の雨」のお蔭です。結局災害は、自然のお蔭で治まる、ということです。人間の力なんて、自然の前では如何にちっぽけなものか、こういう災害の時に実感します。ゴールデンウィークも終わりです。少年野球に明け暮れて、5月3日まで試合漬けでした。5月4日は少年野球チームのバーベキュー、散々食って、飲んで、千鳥足を心配したコーチの人が、奥さんに電話して迎えに来て貰い、車で自宅まで送ってくれました。有難いことです。我が連れ合いは、迎えに行こうと待機していて、いつまで経っても電話が来ないので心配していたとのこと、電話もかけられないほど酔っぱらっていたということ、いやはや申し訳ありません。それほど酔っぱらっていても、家に帰れる、有難くて感謝、感謝、帰ったらすぐ寝ました。

■ 新沼謙治デビュー50周年記念コンサート
 5月5日はこどもの日、この日は毎年少年野球はお休みです。こどもの日だけに、家族と思い切り遊んでくださいという日なのです。それ故、蒲田で行われる「新沼謙治デビュー50周年記念コンサート〜限りなき前進〜」に行くことになっていました。首都圏さんりく大船渡人会という団体から誘われました。そうでなくても元来、新沼謙治のファンであり、各所のいろいろなコンサートに行っていました。また岩手県人連合会の関係や、在京盛岡広域産業人会の関係で新沼謙治の友達などと言う人もいたし、東日本大震災発生の時の大船渡市長、戸田公明君が高校同期・同級生であり、3期12年、復興に尽力して、新沼謙治さんがいろいろな面で協力してくれたことに深く感謝していたこともあって、コンサートには是非行きたいと思っていました。

■ 太田区民ホール「アプリコ」
 「新沼謙治デビュー50周年記念コンサート〜限りなき前進〜」は2026年5月5日、東京・大田区民ホールアプリコで開催されました。蒲田駅から徒歩3分、この駅はJRと東急池上線、多摩川線の駅です。京急蒲田駅は、蒲田駅よりおよそ800メートル離れています。朝早く羽田を飛び立つ飛行機に乗る時などは、京急蒲田のホテルに泊まったこともありました。蒲田駅に行くにはJRで行くのがオーソドックスですが、今回は東武東上線から東京メトロ副都心線で自由が丘へ行き、東急東横線で多摩川へ、ここで東急多摩川線に乗り換えて蒲田で下車しました。


大田区民ホールアプリコのエントランス

■ 親しい身内だけに観客を絞った50周年記念コンサート
 コンサートは全席指定:6,500円(税込)、主催…MIN-ON、協力…株式会社ノーリーズン、新沼謙治後援会、日本コロムビア株式会社、株式会社アサヒ緑健、神奈川県左官業組合連合会、首都圏さんりく大船渡人会です。会場の大田区民ホールアプリコはおよそ1500人収容のホールですがほぼ満席でした。歌手仲間たちや関係業者からのお祝いのお花スタンドがものすごくたくさん飾ってありました。この日はファンクラブや、親しい仲間たちに観客を絞ったようです。2024年6月1日に吉祥寺の武蔵野公会堂であさみちゆきさんが「あさみのうた2024 in 武蔵野〜私らしく歩き続ける…21年目の誓い〜」というコンサートを開いた時も友人である旦那さんから誘われて夫婦で出かけましたが、会場に徳光和夫さんが見えていました。この模様は586『スッカラカン』(2024年6月4日)で紹介しました。今回の新沼謙治さんのコンサートにも徳光和夫さんご夫妻が見えていたようです。


新沼謙治さんのファンは更に年上の人が多いようです

■ 熱唱
 70歳を迎えた歌手生活の集大成として、1500人のファンを前に「嫁に来ないか」「おもいで岬」など全19曲を熱唱しました。白いシャツに白のスーツのいでたちで、まずはオリジナル曲など各種、2曲目で親父との釣りの思い出を語りながら自作の「盛川」を歌いますと言ったら、バックバンドが反応しません。「ン、アレ?」と首傾げて水を置いてあるカウンターに行って「プログラム」と思われる紙を見て間違いに気付いたというハプニングもありました。最新シングルの「思い出したよ故郷を」などを熱唱しました。









■ 左官職人 こね太郎
 新沼謙治さんは集団就職で宇都宮へ、そこで左官職人の仕事をやりましたが、これはなかなか上下関係が厳しい仕事の上に技術も要る、ここで鍛えられたことが後々役立ったというのは有名なエピソードです。歌手デビューした後、「壁塗りなら任しといて」というお笑い要素が受けて、バラエティにも引っ張りだこになりました。神奈川県の左官業組合連合会からPRソングを頼まれて「左官職人 こね太郎」を作詞・作曲・歌唱したら、これがまたヒットして、♪今日も仕事の始まりだ ♪腰に手ぬぐいぶらさげて ♪砂とセメント 掻き混ぜて ♪鏝(こて)を片手に 壁を塗る ♪練って 練ってまた練って ♪こねて こねて またこねりゃ ♪何故か力が 湧いてくる ♪左官職人 こね太郎...という楽しい歌です。服に付けたバッジを見せて、「このプラチナバッジは左官業組合連合会さんから頂いたものです。芸能界広しと言えど、こんなバッジを持ってるのはオレぐらいだ」と自慢しながら客席に降りて、お客さんと握手しながら「左官職人 こね太郎」を歌って回りました。

■ 南部木挽唄
 「とにかく民謡から演歌、歌謡曲、フォーク、ロックまで、何でも歌える、楽器もできる、出来ないものは無い」とジョークを交えながら、岩手には民謡が各種あるけれど「南部」と名のついた歌では「南部牛追い歌」とか「南部馬方節」、そして「南部木挽唄」などあって、今日はそれを歌いましょう、と言います。新沼謙治さんのコンサートには随分行ってるので「ははぁ、またアレをやる気だな」と思いました。ただ一組のゲスト;みちのく兄弟の掛け声も入って、謙ちゃんがお客さんにマイクを向けて、「はぁ〜〜とやってください」と言い、お客さんが「はぁ〜〜」と声を出すのですが、それがいろいろな「はぁ〜〜」があって面白く楽しいのです。

■ エルビスプレスリーやロックも
 再びステージの上に上がると、日本テレビのオーディション番組『スター誕生』をきっかけに歌手デビューし、「一応アイドルとしてもてた時代もあったんだよ」と言いながら、ハワイへ行ってエルビスプレスリーと会える段取りになっていたんだけど、プレスリーが急病で会えず、その後亡くなってしまったので結局会えなかったというエピソードを紹介しながら、舞台の袖に消えて、肩にレイ(花の首飾り)をかけて現れるや、プレスリーの「Love Me Tender」を歌いました。次には「ロックンロールも出来るんだよ」と言ってドラム席を譲ってもらうと、♪森と泉にかこまれて ♪静かに眠るブルー・ブルー・ブルーシャトウ ♪あなたが僕を待っている ♪暗くて淋しいブルー・ブルー・ブルーシャトウ ♪きっとあなたは紅いバラの ♪バラのかおりが苦しくて ♪涙をそっと流すでしょう...という1967年ジャッキー吉川とブルー・コメッツの「Blue Chateau」をドラム演奏しながらバンドの人たちと一緒に歌いました。


テレビ朝日「テレ朝ニュース」より

■ 第二部…津軽三味線〜「津軽恋女」、「ヘッドライト」で始まり・・・
 開始から1時間経過したところで、約15分の休憩、第2部は、黒尽くめのいでたちで登場、ゲスト;みちのく兄弟とのトーク、「15年前は東日本大震災でここにいらっしゃる方々を始め、全国から応援を頂きました。去年は大船渡で山林火災があって、これまたご支援を頂きました。大船渡市長・渕上きよしに成り代わりまして厚く御礼申し上げます」と挨拶した後、「みちのく兄弟さんは大槌町出身なんですよ、今年大きな山林火災があって、大船渡と同じように雨のお蔭で治まりました」と紹介し、みちのく兄弟の津軽三味線の独奏に移りました。
 津軽三味線の音がビンビンと響き、やがて暗くなって、天井ライトがみちのく兄弟からステージ上部階段上に移ると、謙ちゃんが上って来て、天井からキラキラと雪が降ってきます、上から各色のライトに照らされながらシンシンと雪が降る演出で「津軽恋女」、続いて強烈な二つのまぶしい照明を客席に向け、それを背景に「ヘッドライト」、これで舞台は最高潮に達しました。デビュー曲「おもいで岬」や大ヒット曲「嫁に来ないか」など盛りだくさん。


テレビ朝日「テレ朝ニュース」より

■ ギター弾き語り
 続いてステージに準備された椅子とギターで、弾き語りのコーナー、最愛の奥様を亡くされたばかりの中村雅俊さんに触れ、そのふるさと;女川で震災復興コンサートに行った際に「ふれあい」を歌った思い出など語りながら、「雅俊さんも今は辛いだろうな」って言いながら、お互い連れ合いを亡くしたもの同士として、情感こめて「ふれあい」を歌いました。♪悲しみに 出会うたび ♪あの人を 思い出す ♪こんな時 そばにいて ♪肩を抱いて ほしいと ♪なぐさめも 涙もいらないさ ♪ぬくもりが ほしいだけ ♪ひとはみな 一人では ♪生きてゆけない ものだから...なんと、今の状況にピッタリの歌でしょう、中村雅俊さんの代表曲。
 次の古賀メロディーも弾き語りで「酒は泪か溜息か」、「影を慕いて」を歌いました。


テレビ朝日「テレ朝ニュース」より

■ 愛妻との別れ
 15年前、東日本大震災が発生、そして妻の旅立ち・・・涙を流して泣いても涙が枯れることはない、だから、あの歌ができたのかも・・・震災後にふるさとに帰って、川のほとりを歩いていて曲が降りてきた・・・「ふるさとは今もかわらず」 「この歌は有難いことにいろいろな学校で合唱曲として歌われています、卒業式などでも歌われているんですね。有難いことです。また機会が有ったら僕もいろいろなところで一緒に合唱したいと思っています」と言いながら歌いました。
 昨年で50周年を迎え、東北を中心に開催してきたツアーの集大成としての「新沼謙治デビュー50周年記念コンサート〜限りなき前進〜」でした。「この東京でリサイタルが開けたこと、感謝の気持ちでいっぱいです」と会場を埋めた約1500人のファンにあいさつし、新曲のカップリング曲「アルバムの中の君」(作詞・作曲/新沼謙治)を歌う際には、2011年9月に他界した愛妻の湯木博恵さんに触れました。「かけがえのない愛する妻に書いた曲です。35周年のときには彼女が病院から出て来て、あの1階席の右角の席で見ていました。元バドミントンの世界チャンピオンで、素晴らしい人でした」と語りました。62歳で亡くなった湯木博恵さんを想いながら「頑張り過ぎたのかもしれませんし、僕が頑張らせ過ぎたのかもしれませんが、今となってはわかりません」と振り返りながら、「でも孫ができまして小学校4年の男の子と、女の子が今年で3歳になりました。セミが鳴くころよく孫が来ます、ジージ、ジージ、(こちらも)ジージ、ジージと、両方でジージなんですが(笑)、不思議なもので、孫が帰ると蝉が鳴きやむんですね。そんな話がそのまま歌になったのが『アルバムの中の君』という僕が作った歌です」と言いながら歌いました。
 「1階席の右角の席」が家族席なのだそうで、我々はまさにそこでした。コンサートが終わった後、みんなから声掛けられて、感動してオイオイ涙していた人が居ましたが、この人たちが謙ちゃんの家族なんだなと納得した次第です。湯木博恵さんについては「ななめのつぶやき」453『団塊の女王逝去』(2011年9月18日)をご覧下さい。

■ 新沼謙治の紹介
 新沼謙治さん(70)は1956年、岩手県大船渡市生まれ。 日本テレビのオーディション番組『スター誕生』をきっかけに、1976年2月「おもいで岬」でデビュー。続くシングル第2弾「嫁に来ないか」が大ヒットし、この年の新人賞を総ナメ。『NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たしました。 その後も「ヘッドライト」「酒とふたりづれ」「津軽恋女」等、ヒット曲多数。また、芝居の才能も発揮し、『二百三高地』(1979年東映)をはじめとする映画や、ドラマのレギュラー出演『私鉄沿線97分署』、NHK大河ドラマ『炎立つ』にも挑戦し、高い評価を得ました。2012年5月には、岩手県大船渡市出身のアーティストとして、NHK東日本大震災プロジェクト「明日へ」のテーマソングを歌う、花は咲くプロジェクトの一員として、「花は咲く」東日本大震災復興支援チャリティーソングに参加。 2025年デビュー50周年を迎え、4月にはデビュー50周年記念曲「思い出したよ故郷を」をリリースしました。カップリング曲が「アルバムの中の君」です。

■ さあ、帰りましょう
 コンサート終了後、大田区民ホールアプリコを後にして、蒲田駅に向かいました。駅前は飲み屋がいっぱい、真っ直ぐ帰るにはしのびない、かと言って立ち飲みや大衆酒場もナニだし、結局中国料理屋さんに入ってチンジャオロースとか白身魚のあんかけ煮などをつまみに生ビールやハイボール、メガハイボールなどを飲みました。帰りも蒲田駅から東急多摩川線で多摩川乗り換え、東急東横線〜東京メトロ副都心線〜東武東上線で帰りました。

■ 五十嵐淳子さん逝去
 俳優、中村雅俊さん(75)の妻で女優、五十嵐淳子(いがらし・じゅんこ、本名・中村淳子=なかむら・じゅんこ)さんが2026年4月28日に急病のため死去したと、5月2日、中村雅俊さんの所属事務所が発表しました。73歳で、急病の詳細は発表されておらず、告別式などは近親者のみで営まれたそうです。数々のドラマや映画に出演し、フラワーアレンジメント講師としても活躍されました。中村雅俊さんは半世紀近く連れ添った愛妻の急逝に「俺の人生最大のラッキーは妻と出会ったことでした。その妻を亡くすことなど考えたことがなくて、今はその現実を受け止めることができません」と打ちひしがれているそうです。5月9日に東京都内でのコンサート開催が控えていますが、「これから少しずつ前を向いて生きて行こうと思っているので、今はただ静かに見守ってください」とのこと。宮城県女川市出身の中村雅俊さんと慶応大学で同期だった大阪・堺市の上場企業の社長が、会社の創立記念パーティにサプライズで中村雅俊さんに登場してもらって歌を歌ってもらったら、社員や取引先の皆さんが大盛り上がりだったと言っていましたが、友人や同窓、同郷というのは大切ですね。謙ちゃんもそうですが、妻を亡くすというのは辛いでしょう。心より、お見舞い申し上げます。


宮城県出身の政治家小野寺五典さんのFacebookから
同じ宮城県出身で親しくしていて、時折会食していたそうです
写真は直近2026年3月3日

(2026年5月6日)

BACK No.

見る 681 山林火災 大槌町の山火事、立教大学、鈴懸けの径、旧江戸川乱歩記念館 2026年4月28日
見る 680 風、薫る 三陸沖M7.7地震、玉川徹氏のユダヤ人発言、NHK朝ドラ視聴率 2026年4月22日
見る 679 日本の司法 オルバン政権倒壊、再審制度改正、法務省VS国会議員 2026年4月15日
見る 678 戦争と宗教 仏教の日、イラン戦争、福音派、顕正新聞、鬼怒川温泉散歩 2026年4月9日
見る 677 弔問 学長退任記念祝賀会、東横イン、雫石へ、選抜高校野球、杉原千畝 2026年3月30日
見る 676 盛岡のホテル ホテルメトロポリタン盛岡ニューウィング、王様トランプ、米価、訃報2件 2026年3月25日
見る 675 テミスの不確かな法廷 分からないことを分かっていないと・・・加藤眞純 2026年3月15日
見る 674 OC 外食業界、小売業における栄枯盛衰、コメ価格、原田病、次回予告 2026年3月8日
見る 673 入院 熱海桜鑑賞、ぶどう膜炎発症、原田病、埼玉医大入院〜退院、モーリー 2026年3月1日
見る 672 Takaichi Shock 衆議院解散、高市トレード・サナエノミクス、SNS、ひふみん 2026年1月25日
見る 671 寒い選挙 眼が見えない、衆議院解散、前橋市長再選、久米宏、三浦千波 2026年1月18日
見る 670 日本覚悟せよ トランプ行動指針、一番マグロ、丹羽宇一郎、海老名香葉子 2026年1月11日
見る 669 エンタメ 紅白歌合戦、箱根大学駅伝、ベネズエラ大統領誘拐、不破哲三 2026年1月5日


2025年    クリック
2024年    クリック
2023年    クリック
2022年    クリック
2021年    クリック
2020年    クリック
2019年    クリック
2018年    クリック
2017年    クリック
2016年    クリック
2015年    クリック
2014年    クリック
2013年    クリック


 前回へ       つぶやき最終回