
この1週間は大変な1週間でした。観測史上初めて台風7号、8号のダブル台風に襲われ、強い地震が4回も起きました。自然災害は致し方なく打ち手もありません。しかし戦争は防げるはずです。今でもウクライナやイラン、レバノンで戦火の中にあります。大変な1週間の中で東北の温泉に浸かりました。帰って来て少年野球の試合、今期ワーストゲーム、やはり大変な1週間でした。
■ 訳が分かりません
世の中がこれほど慌ただしく不安定になり、毎日を不安の中で過ごす時代が到来しようとは思ってもみませんでした。プーチンが訳の分からないウクライナ侵略に乗り出した辺りから世界中で力による国際関係が幅を利かすようになりました。すると米国ではトランプが大統領になって訳の分からない関税を振り回し、挙句の果てには武力でベネズエラやイランを押さえ付けようとする、第二次世界大戦の反省に立って国際連合で話し合いによる国際関係の解決を図ってきたことが無意味となり、大国の拒否権で多数意見が通らなくなりました。ホルムズ海峡閉鎖でエネルギー供給や価格が不安定になり、日本は弱点を突かれました。ただ、形の上ではこれら大国のトップは国民が選んだ形になっています。グングン力を伸ばしてきた中国は、独裁者が共産党体制を網のように張り巡らして国民を監視下に置き、任期を自ら伸ばして、独裁体制を強固にしています。その上で、「一帯一路」とか言って経済面から自らの仲間を増やす戦略に出て、逆らう国にはレアアースを供給しないゾとか、輸出入規制で圧力をかける、やってることがトランプと同質、訳の分からない非難を浴びせます。その対象国:日本は、高市首相になって、国会で食料品の消費税を2年間ゼロにする、衆議院の議員定数を45議席減らす、国防費を増やす、武器輸出の規制枠を緩和して民生品で稼げなくなった分を軍需品でカバーする、財源はどうするの?という肝心の部分をあいまいにして、将来にツケ回しするようです。世界一の借金大国ですから、他国のように金利で経済をコントロールできず、実質実効為替レートは2020年に比べて3分の2に低下しています。統計が始まった1970年をも下回り、ピークだった1995年の3分の1になっています。海外旅行すれば一目瞭然ですが、今は1995年当時に比べて日本円の価値が3分の1ですから、当時外国に行って千円で食べたり買ったりできたものが、今では3千円出さないといけなくなったということです。アメリカに行ってラーメン食べたら20ドルだったとか、ホテルの朝食が40ドルだったとか聞きますが、それで驚いちゃいけません。それが国際相場なのです。実効為替レートについては、日本銀行の統計ページをご覧ください。2026年6月23日時点で実質実効為替レートは65.93です。国際的に見ると円の実力はこんなに下がっているのです。高市政権になって日本経済新聞や時事通信など中立的だった報道機関が珍しく批判的になったのは、その経済政策が日本の国際的評価を貶めることを危惧しているからです。高市政権が発足した昨年10月時点のレートは70.81で、8ヶ月で約7%低下しました。積極財政路線による財政悪化の懸念などで、円が売られたことが一因だとみられます。その後の国会でも国旗がどうしたとか、皇位継承がどうしたとか、国民の生活と関係ないところでワイワイやってて、首相自身にまつわる疑惑については答弁回避、記者会見さえ行わない、それでいて国民の支持率は高いという、いったい日本国民は何を見て、何をもって判断しているのか、訳が分かりません。

■ ダブル台風襲来
台風7号と8号がまるで合流するように日本列島を襲いました。台風7号は沖縄から日本列島という、最もいやなコースで進み、各地に大雨をもたらして被害が出ました。後から台風となった8号は、7号よりも東側を北東に進んだため、日本列島到達は7号より先で、伊豆半島まっしぐら、そして南関東から太平洋へと抜けて行きました。台風8号の後、7号が全く同じコースをたどったため、これでもかと災害をもたらすと警戒され、対策を怠らぬよう呼びかけが行われました。実際埼玉県でも特に南部は100mmを越える大雨となり、6月27日(土)は少年野球の試合も中止となりました。
台風8号(ヒゴス)は、23日午前9時、マリアナ諸島で発生し、しばらく西よりに進んだ後、フィリピンの東を北上しました。26日夜からは進路を東よりに変えて速度を速めながら進み、27日には東海や関東にかなり接近したあと、午前9時に日本の東で温帯低気圧に変わりました。6月20日(土)午前3時にフィリピンの東で発生した台風7号(メーカラー)は、27日夜のはじめ頃にかけて伊豆諸島付近を通過し、午後9時には日本の東で温帯低気圧に変わりました。首都圏は台風一過の青空とはならないようで、本州付近に前線が停滞し、活動が活発になっているため、まだ雨の日が続くようです。このダブル台風で所によっては記録的な大雨となり、崖崩れや浸水、道路の損傷のほか、人的被害も出ました。

■ 岩手大学へ
2026年6月20日(土)アートホテル日暮里ラングウッドで第46回在京雫石町友会総会が行われた翌週に岩手に向かいました。6月22日(月)国立大学法人岩手大学の経営協議会があったからです。着いたら盛岡駅は大雨でした。いつもは歩いて行き、美しい植物園を散策するのですが、さすがにバスにしました。岩手大学キャンパスは、東大の本郷キャンパスなどと同じく、外部の人でも自由に入れるので、植物園ではよく保育園児たちが遊びに来ています。池には蓮の花が咲き、鬱蒼とした緑と、手入れされた庭園が恰好のピクニック場となっています。4月から学長が変わり、大学の経営陣は学長と理事2名だけ残り、副学長の皆さんも総入れ替えのため、会議終了後盛岡メトロポリタンホテルニューウィングに場所を移して会費制交流会が行われました。当夜は盛岡駅前のビジネスホテルに宿泊しました。


■ 連れ合いの一族とランチ
翌朝、連れ合いが東北新幹線で盛岡へやって来て、合流する予定で、新幹線出口改札で待ち合わせでした。大宮駅7:42発東北新幹線はやぶさこまち3号→9:44盛岡駅着、JR東北本線5番線9:52→9:59岩手飯岡駅着というスケジュールです。盛岡駅は以前新幹線出口改札が北口と南口に分かれていたのですが、昨年工事して西口に一本化されました。それに伴いみどりの窓口も北口と南口にそれぞれあったのが、南口に一本化されました。駅構内は今も工事が続いていて、新しいお店がいろいろ出来るようです。大宮駅5分遅れで発車とLINEがありましたが、これぐらいの遅れは難なく取り戻すので、予定時刻到着だろうと思っていたら、同じくらいの遅れで到着予定とのこと、こりゃヤバイと思いました。新幹線改札の真向かいに在来線改札があり、東北本線一ノ関行きに乗って岩手飯岡に向かう予定だったのです。しかしちゃんと待っててくれたので乗れました。新装の岩手飯岡駅で降りて、叔母さんを医療保健施設に見舞い、その後義妹、いとこや姪と「ぴょんぴょん舎」で盛岡冷麺とミニ石焼ビビンバのセットランチを頂きました。シコシコとしたコシのある麺が特徴の特製冷麺と、おこげの香ばしさが絶品のビビンバを同時に楽しめる、お店で大人気の看板メニューです。大きな店なのですが、平日にもかかわらず行列してお客さんが待っていて、スゴイ人気なんだと驚きましたが、それもそのはず6/22〜6/28の「冷麺まつり」で特別安かったのです。セットランチがナント!¥990でした。冷麺単品でも半額¥500でした。なお注文は「別から」にしました。

■ 盛岡つなぎ
連泊
再びJR東北本線で岩手飯岡駅12:50→12:58盛岡駅、6月23日から盛岡つなぎ温泉連泊です。盛岡駅西口バスターミナルから送迎バスが2便あるのですが、人気の宿なので、予約していた14:10発のバスは2台来ました。つなぎ温泉は筆者が子どもの頃は同じ御所村だったのですが、1955年の市町村合併の折、雫石町ではなく盛岡市に移籍しました。御所村は合併して雫石町になったのですが、繋地区の移籍は当時の岩手県の方針に反していたにもかかわらず、御所村と雫石町は寛大な心で、それを許したのです。これによって盛岡市は悲願の温泉をGETしたわけです。温泉だらけの雫石町からすれば、ひとつぐらいいいか、ということだったのでしょう。
つなぎ温泉は湯花たっぷりの硫黄泉で、大勢の泊り客が居ましたが、まるでプールのような大浴槽からジョージョーと掛け流される湯量の豊富さにまず皆さん驚きます。沸かし湯ではもったいなくてできませんね。露天風呂の隣にホテル専用の屋根付き湯畑があって、ここで温度を下げて供給しているのですが、もうもうと湯気が上がっていて、源泉の豊富な湯量がうかがい知れます。前泊は長野の温泉だったというおじいさんが前泊千葉の人と話していて、「こんな正真正銘の温泉は久し振りだ」と喜んでいました。確かに湯花の豊富さは他ではあまりありません。東京から来た老人は、山に雪が残っていると驚いていました。京都から来た5人組の男性たちは、温泉に浸かりながら青い空と山と湖を見ることができる、湯上がりにはラウンジでお酒を飲みながら、同じ景色が見れる、最高だと感激していました。




活火山・岩手山は南部片富士の愛称なのが写真から分かります。奥羽山脈から東に突き出して、頂上から真西に稜線が緩やかに伸びて、やがて岩手・秋田県境の山脈に突き当り、北は八幡平、南は秋田駒ヶ岳です。奥羽山脈の一部である岩手山は標高2038mの日本百名山で、北、東、南は切れ落ちて独立峰のように見えますが、西は高いままT字形に山脈に繋がります。
岩手県の地形は、北上高地が広く覆う県東部と奥羽脊梁山脈が南北を貫く秋田県境の県西部の2つの山岳地、及びこれらに挟まれた盆地平野地の大きく3つに分けられます。
北上高地は、山系のおおよそ7割が岩手県東半分にあり、紡錘形の山地帯を形成して南北に広がっています。山系の最高峰は、中央山岳地帯に位置する日本百名山・早池峰山(はやちねさん/標高1917m)で、東西に1400〜1800m級の山々を連ねて早池峰連峰を形成しています。早池峰山の谷を挟んだ南には薬師岳(やくしだけ/標高1645m)が位置し、北上山系では険しい大起伏地を展開しています。この中央山岳帯を除けば、北上山系の標高はすべて1400m以下であり、その山容は穏やかな高原の様相です。
一方、秋田県境に沿う奥羽脊梁山脈は、1000m級の山々を中心とした山岳地を形成し、真昼山地付近では1000〜1400m級の大起伏の山容です。また、那須火山帯に属する大きく4つの火山地を内包しており、北部では八幡平(はちまんたい/標高1613m)、県最高峰の岩手山(いわてさん/標高2038m)、南部では焼石岳(やけいしだけ/標高1548m)、栗駒山(くりこまやま/標高1627m)といずれも高い標高を誇っています。
青森県から栃木県まで続く日本最長の「奥羽山脈」には、北から「岩木山」「八甲田山」「八幡平」「岩手山」「蔵王山」「吾妻(あづま)山」「安達太良(あだたら)山」「磐梯(ばんだい)山」そして南端の「那須岳」まで名だたる日本百名山が名を連ねます。

日本の有名な彫刻家舟越保武は我が高校先輩です。全国各地に彫刻作品が飾られています。高校同窓会のページに作品の紹介があります→クリック。2025年1月12日(日)放送のNHK Eテレ「日曜美術館」で、標題「人生で美しいとは何か 彫刻家・舟越保武と子どもたち」のエピソードを見て、その人となりや人生の軌跡を知ることが出来ました。田沢湖畔の金ピカの「たつこ像」も有名ですね。御所湖畔のシオンはブロンズ像で、「御所湖畔にシオンを建てる会」が中心となって舟越保武さんに依頼して1980年10月6日に除幕式を迎えることが出来ました。シオンは秋に淡紫色の花を咲かせる紫苑菊から名付けられました。600haの水没と520世帯の代替地移転(その一つが我が生家です)という背景のもと、壮大なロックヒルダム建設で出現した御所湖畔のシンボルとして、御所湖を背景につなぎ地域を見守る像です。
■ 雫石町役場〜墓参り
つなぎ温泉でレンタサイクルを借りました。電動アシスト自転車4時間800円です。これに乗って墓参りに行こうという目的です。ところが走り出したら電動アシストの強力なこと、アップダウンの続く道を強力に引っ張ってくれます。道路の両端には大きな蕗の葉がひしめいています。都会では蕗はスーパーで買うものですが、この辺ではいくらでも取り放題ですが、誰も見向きもしません。強力な電動アシストに力を得て、お墓に行く前に雫石町役場に寄ってみようかと思って電話したら、担当者が居て、どうぞどうぞと言います。3日前にアートホテル日暮里ラングウッドで開かれた在京雫石町友会総会で一緒だったO課長ばかりか、在京雫石町友会のT会長までいてビックリ、たまたま会長も来ていたようです。仕事の邪魔をしないように立ち話で早々に辞去し、西側秋田方面へと走りました。途中で引き返し、町のスーパーでコカ・コーラと黒糖菓子パンを買いました。その後田んぼの中を走り、七ツ森町営墓地を目指します。七ツ森の中で一番高い生森(オモリ)の麓に墓地はあり、隣が雫石町の清掃工場です。墓にはスギナがビッシリと生えていたので除草しました。


墓参りの後、舗装道路ではなく、生森(オモリ)の北側を走るJR田沢湖線と並行する林道があるかも?と思って行ったら、ありました、これで行こうと決めて走り出しました。4WDのジープみたいな車しか走れないような砂利道を自転車で走ろうというのです。予想と違って道は真っ直ぐではなく、しかもアップダウンがあります。鬱蒼として、今にも熊が出そうです。ちょっと後悔しました。途中でスマホでグーグルマップを見ました。当然ながらこんな山道は表示されませんが、GPSで位置は分かりました。やっとこさ林道から舗装道路に出ました。ここを左折してまた左折して畑の方に入り高校同期のY君の別荘に向かいました。冬場はさいたま市の自宅に居ますが、春から秋には正面に岩手山を眺望する別荘で野菜作りをしながら暮らしています。奥さんはさいたま市に残し独り暮らしです。眼下にJR田沢湖線が東西に走り、こまち号が走ります。家の前で年代物の「ナショナル」のラジオが大きな音で鳴っています。まちならば騒音公害で怒られますが、この辺りは隣の家が100m以上離れているので問題無し、むしろクマ避けでしょうか。畑に姿が見当たらない、さては昼寝か?起こしてはかわいそうなのでそっと立ち去りました。再び小岩井駅や小岩井農場から七ツ森を山越えする舗装道路に出て、右折して山越え、途中に岩手リハケアセンターがあり、その先に雫石町立七ツ森小学校、老人ホーム「松寿荘」があります。「松寿荘」の前を真っ直ぐ行けば間もなく我が実家跡地(今は更地にして売却して新しい家が建っている)ですが、「松寿荘」の前を左に行き、国道46号に出ました。ここを横断してつなぎ温泉病院方向へショートカット、そしてつなぎ大橋を渡りホテルへ戻りました。バッテリ―は100%から70%になっていました。それにしても良く走りました。
■ 岩手県沖を震源とする地震発生
6月25日7時30分、ホテルで朝食中にお客さんのスマホが一斉に鳴り出しました。地震だ!と思って身構えた瞬間、ズン、グラグラグラッと揺れが来ました。かなり強烈です。ただ東日本大震災の時と違って長くなく、直ぐ収まりました。天井のシャンデリアも落ちて来ませんでした。震源地は岩手県北部沖、北緯40.2度/東経142.3度、地震の巣みたいな地域です。青森県階上町(ハシカミチョウ)で震度6強、八戸市で震度6弱、我々が居た盛岡市で震度5強でした。マグニチュ−ド6.9、震源の深さは50km、ちなみにふじみ野市でも震度2だったそうです。朝食後チェックアウトして、9:10発の送迎バスで盛岡駅まで送ってもらいました。つなぎ温泉
ともおさらばです。
■ 東北新幹線ストップ
盛岡駅に着いたらさあ大変、東北新幹線がストップしています。地震の規模が大きかったため点検に時間がかかり運転再開のめどが立たないとのこと、困った、困った。駅構内はごった返しています。ここでまたまたビックリ、在京雫石町友会のT会長とまた会ったのです。やはり朝のこまち号で東京駅に向かうべく乗車したら盛岡駅で降ろされたとのこと。盛岡⇔秋田間のこまち号は折り返し運転で動いています。

こまち号は通常盛岡駅の高い新幹線ホームではやぶさ号から切り離して左展回、西方・・・雫石方面〜秋田へと向かいます。その後、はやぶさ号は真っ直ぐ北上して新青森へ向かいます。ところが東北新幹線でトラブルが起きると盛岡駅在来線1階の8番ホームから秋田新幹線こまち号が折り返し運転となります。在来線車両とこまち号が並んでいる光景は、異様に見えます。
■ 盛岡→仙台はやぶさ52号の指定席はパー
JR新幹線はやぶさ52号5号車9番D、E席の指定をえきねっとで取っていました。盛岡10:17はやぶさ52号→10:56仙台11:25やまびこ52号→12:05郡山12:25磐越西線快速→13:20会津若松、市内循環バス(ハイカラ号13:30→14:01、あかべえ13:45→13:57)→武家屋敷→ホテルに電話して送迎車を呼ぶ(10分かからず着くとのこと)という手はずで、旅行計画を立てていました。スマホの「カレンダー」に行程が記入されています。

■ 盛岡〜東京間各停臨時列車やまびこ544号
盛岡駅では運転再開のめどが立たないと言っていたのが、まずは13時頃から走りますというアナウンスに変わったので、待合室で待っていました。すると11時半を過ぎた頃に駅員さんがハンドマイクで一番列車が13番線から発車しますとのアナウンスがあり、皆一斉にエスカレータに殺到しました。10号車は乗車不可、9号車はグリーン車、1〜8号車が自由席の東京駅まで各駅停車のやまびこ544号とアナウンスがありました。ホームに止まっていた車両に乗り込むと既に席が埋まっています。ドンドン前に進むも満席、これはイカン、一端外に出てホームを走り、3号車の前から入ったら前から2列目の席のB、C席が空いていました。助かった・・・次から次へと乗客が乗り込んできて、もう席が無い、仕方なく通路に立つ人が続出、11時50分に発車アナウンスがありました。やまびこ544号をスマホで調べたら、こうしたトラブル時に運行する臨時列車なのだそうです。通常のやまびこ号で各駅停車で郡山駅まで行くと118分、約2時間かかるようです。11時50分に盛岡駅を出たから郡山は14時頃か、14時15分発の磐越西線快速に乗れるかな?と思ったのが甘かった、盛岡駅を出てやまびこ544号はゆっくりと走ります。そうか分かった、一番列車だけに何か線路にトラブルが無いか確認のためにゆっくり走ってるんだなと思いました。新花巻駅には通常12分のところ36分かかって到着しました。乗客が乗り込んできますがもう座る席はありません。次の北上駅には10分で着くはずが35分掛りました。水沢江刺駅ではもはや乗客が通路までギュウギュウ詰めです。一ノ関駅では駅員が盛んに「通路の真ん中はまだ余裕があります、お詰め下さい」とアナウンスして乗客を押し込んでいます。一ノ関駅を出て宮城県に入るとスピードがアップしました。くりこま高原駅には通常52分のところ104分、すなわち倍の時間かかって到着しました。古川駅には通常くりこま高原駅から10分ですが14分で到着、かなりスピードアップしていますが、古川駅から降りる乗客も出て、その後乗る人もいますから、どうしても乗降に時間がかかります。仙台駅では降りる人がたくさんいました。仙台始発の列車がありますから乗り換えるのでしょう。仙台−東京間は8時半ぐらいから走っています。仙台駅を出るとやまびこ号は通常のスピードでビュンビュン走ります。白石蔵王、福島と停車して郡山に着いたのは盛岡駅から178分、通常より60分遅れでした。次の磐越西線は15時15分発、30分もありませんがここで思い出しました。テレ朝の羽鳥さんと玉川さんが郡山駅の新幹線の構内で立ち食い蕎麦を食べて、玉川さんがおごったとモーニングショーで話してたなというエピソードです。実は筆者は以前同様にここのかき揚げ天蕎麦を食べたことがあります。そこでかけ蕎麦¥400を注文しました。何故かというと「大人の休日倶楽部パスを提示したお客様にワカメまたは天カスプレゼント」と書いてあったからです。これでかけ蕎麦がたぬき蕎麦に化けたのです。

■ 会津若松へ
15時15分発の磐越西線は残念ながら快速ではなくワンマン運転の各駅停車です。混んでいて、座れませんでした。しかし磐越西線は頻繁に利用しているのでよく分かっています。女子高生が座っている席のところに立って、隣の郡山富田で女子高生が降り、空いた席に連れ合いを座らせました。そしていかにも温泉客と思われる夫婦連れに目を付け、磐梯熱海で降りたところで座ることが出来ました。単線なので、途中すれ違い駅で相手の車両の遅れで10分ほど遅延が発生しました。猪苗代駅からは雄大な磐梯山が雲隠れして見えないのが残念でした。会津若松駅には結局10分遅れで16時40分過ぎ到着、当初プランでは13時20分着、市内循環バスで武家屋敷へ、送迎呼んで東山温泉へという計画でしたがそんなことしていられません。タクシーに乗り込んで¥2600でホテルに着きました。
■ 会津東山温泉![]()
会津東山温泉はまたいずれ詳しく紹介する機会があるかもしれませんが、泉質は、主に硫酸塩泉(カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・塩化物温泉)で、日本ではよくある種類の温泉ですが、無色透明無味無臭でさらさらとした肌触りが特徴のため「美肌の湯」、カルシウムが多く含まれるため「傷の湯」として親しまれています。明治時代には歌人・与謝野晶子、美人画で知られる竹久夢二など文化人も訪れ、度々文学の舞台にもなっているそうですが、このお二人はいろいろな温泉に碑が立っていて、よほど温泉好きだったのだと感じます。古き佳き時代の風情を残す和風旅館「向瀧」の源泉の泉質分析書によれば、泉温56.2℃、自然湧出で湧出量毎分27.4リットル、少ないですね。pHは7..7です。陽イオン成分はナトリウム344mg/kg、カルシウム236mg/kg、カリウム12mg/kg、計594mg/kgです。陰イオン成分は硫酸752mg/kg、塩素362mg/kg、炭酸水素33mg/kg、計1151mg/kgですから、陰イオン成分が陽イオン成分の約2倍、アルカリ性になっています。また、非解離成分としてメタケイ酸が51.7mg/kg、メタホウ酸が10.6mg/kg、計62.3mg/kgも含まれていますから、なるほど「美肌の湯」の訳が分かります。ただし、上で触れた盛岡つなぎ温泉が硫黄泉で湯花タップリ、いかにも温泉だというのに比べると、沸かし湯となんら変わらず、肌がつるつるするから温泉なんだなと分かるという程度です。
会津東山温泉観光協会のパンフレットによれば、温泉旅館・ホテルは@YUKKURA Innから始まってP御宿東鳳まで17あると書いてあります。帰る時に東山温泉駅に送ってくれたワゴン車の運転手さんがホテルの出入り口から右折して上る方向へ向かいました。アレ?あらかじめ地理が頭に入っていて、方向音痴の人にビックリされる我が頭脳は、太陽さえ出ていれば地図が無くてもたいてい目的地へ行ける方向感覚を持っています。東山温泉駅と言ってもバス停ですが、ここはホテルより低いところにあるので、てっきり左に曲がって下り方向に向かって5分もかからないはずだと思っていました。ワゴン車はグイグイと坂道を上って行きます。やがて右折してUターンして下り坂へ入りました。そして東山温泉の案内をしてくれました。そうか、わざわざ温泉の紹介をしてくれるために遠回りしたんだ、有難いと思いました。ただ温泉旅館・ホテルは13しかないと言います。「パンフには17と書いてありましたよ」と言ったら、コロナ禍を機に4つの宿が次々廃業したんだそうです。そうか、温泉地はどこもかしこも同じだなと納得しました。改めて東山温泉観光協会のホームページとパンフレットを見比べたら、東山ハイマートホテル、くつろぎ宿 新滝、おやど東山、くつろぎ宿 千代滝が閉館したようです。和風旅館「向瀧」の前を通ったとき、ここが東山温泉で最も歴史があって、会津藩指定保養所の歴史を引き継いだ国の登録有形文化財、源泉掛け流し風呂認定の温泉宿だとのこと。確かに風情抜群でした。
時頃我が弟の推薦宿はオリックスグループの「御宿東鳳」です。棚田状の天空風呂があり、とにかく施設が充実していて楽しい宿というのが理由です。

なお今回Staynaviで、『福島県また来て割』適用予約しました。一泊おひとり3,000円、二人で6,000円福島県から宿へ補助が出るのでその分安く泊まれます、お得でした。こうした旅割はいま全国各地で実施されています。
■ 自宅に帰る
旅プランでは6月26日(金)宿をチェックアウト10時15分→送迎ワゴン車で東山温泉駅へ、循環バスあかべえ10時31分→11時10分会津若松駅11時30分JR磐越西線快速→12時36分郡山駅13時06分やまびこ54号6号車3番A、B席→13時59分大宮駅14時11分川越線21番線→14時34分川越駅14時43分東武東上線→14時48分上福岡駅着です。
東山温泉駅というのはバス停ですが、広い待合室もあり、屋根付きの大きなバス転回場があります。「あかべえ」の運転手さんは女性でした。若い白人の娘さん二人と、若くない日本人の女性数人と共にバスに乗り込んだら、ナント満席で、しかも小学生や中学生がいっぱい乗っています。今日は金曜日で、しかも通学時間でもない、何だろう?と思いました。途中で中学生数人が下車、Suica、Pasmoのような汎用交通系ICカードが使えないため、現金払いですが、最初の子が5千円札を出しました。運転手さんが「5千円札は使えません、千円札を両替するか、誰かから借りて下さい」と言いました。慌てて千円札を両替する子が居ましたが、結局5千円札の子は誰かが500円で二人分と言って払ってくれたので、250円借りたようです。途中のバス停では乗車して来る小学生や中学生も居ました。バスの運転手さんは「降りるときの料金支払いで時間がかかってバスが遅れています。このバスは11時15分に会津若松駅を発車する循環バスなので、あらかじめ中学生以上250円、小学生は130円手元に用意してください。小銭が無い方は信号待ちでバスが停車した折に両替してください」とアナウンスしました。どうやら分かりました。この小学生や中学生は、グループを作って社会科見学をしてるようです。鶴ヶ城を過ぎてバスがやっと会津若松駅に着いた時はちょうど11時15分でした。11時30分会津若松駅発磐越西線快速は順調に走り、郡山駅に着きました。
■ 千葉県を震源とする地震発生
郡山駅に着いて、13時06分発やまびこ54号に乗る予定でしたが、駅について10分後の6月26日12時46分、千葉県北東部の深さ50キロメートルを震源とするマグニチュード5.8の地震があり、茨城県茨城鹿嶋市で最大震度4の地震が観測されたとのニュースがありました。駅の構内放送で、「はやぶさこまち号が郡山駅に臨時停車しますがドアは開きません」とのアナウンスがありました。結局やまびこ54号は5分遅れで発車、6号車3番A、B席を取っていたので、混んでいましたが問題ありませんでした。旅プランの計画通り自宅に15時に帰って来ました。道路には水たまりがあり、雨が降ったことが分かりました。
家に着いてふじみ野市三芳町清掃工場余熱利用施設エコパに行きました。ずっと温泉回りしてきたのに、それでもバーデプール、内風呂、露天風呂に行く、習慣になっているので欠かせません。無料だし...
■ 山梨県を震源とする地震発生
6月26日旅の疲れも出て夜20時ごろ就寝、するとまたスマホが鳴りました。緊急地震速報です。22時28分ごろ、山梨県東部・富士五湖(北緯35.6度、東経139.0度)を震源地とするマグニチュード5.6の地震があり、震源の深さは約20kmと推測されるとのこと。震度6弱が山梨県富士河口湖町、震度5強が山梨県大月市、震度5弱は山梨県の他、神奈川県、静岡県、震度4は関東各地で観測され、東北地方から中国地方にかけて震度5強から震度1を観測しました。埼玉県富士見市は震度3だったそうです。震度5弱を観測した甲府市の3階建ての建物は外壁が崩れ落ち、富士吉田市のコンビ二エンスストアでは棚に並んでいたワインなどが通路に散乱しました。山梨県内では6人がけがをしたということです。今回の地震と富士山の活動について、気象庁は「富士山の活動には特段の変化は見られておらず、すぐ富士山が噴火とか、そういう心配は今のところしていない」と説明しました。
■ 岩手県沖を震源とする地震発生
6月28日5時21分、岩手県沖の深さ40キロメートルを震源とするマグニチュード6.1の地震があり、青森県八戸市と岩手県普代村で最大震度5弱の地震が観測されました。この1週間で4度目の大地震、日本列島全体がヤバいことになっているのでしょうか。
■ FIFAワールドカップグループF第三戦;スウェーデンと1-1引分け
この試合は6月26日東山温泉の部屋でテレビで見ました。前半スコアレスで後半11分、菅原選手、堂安律選手、上田綺世選手とつなぎ、さらに上田選手からリターンを受けた堂安選手がゴール前に鋭い斜めのスルーパス、待ってましたと前田大然選手が飛び出して右足で流し込む見事な連係プレー、日本はこういうこともできるんだとビックリしました。しかし、後半17分、アンソニー・エランガ選手がゴールを決め、すぐさま同点に追い着かれます。このシーンは堂安律選手がしまった〜と後悔していました。ディフェンスが一瞬甘くなったのと、エランガ選手が足を振ったとき、選手の陰に隠れてGKの鈴木彩艶選手が一瞬気付くのが遅れたようです。同点になった後日本は守勢に立たされました。森保監督は伊東純也投入で流れを変えようとしましたが、上手く行きません。スウェーデンは同点になった以上勝ち越して2位を狙おうとします。日本は終盤押されっ放し、そこで森保監督は長友を投入しました。これはメンバーを落ち着かせて、とにかく失点を防ごうという狙いでした。これは正しい選択です。勝っても引き分けでも2位通過です。3位だとフランスと当たる可能性があり、これはブラジルより怖いからです。
■ 午前2時!
サッカーFIFAワールドカップ2026については、666『グループF』(2025年12月14日)で詳しく書きました。グループF第一戦のオランダ戦の前に、本田圭佑さんがNHKで「午前5時!」を連呼していましたが、今度は「午前2時!」を連呼しています。決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)日本代表 vs ブラジル代表は、日本時間の6月30日(火)午前2時00分(深夜2時)にキックオフされます。会場はアメリカ・テキサス州のヒューストン・スタジアム、暑くて湿度も高いそうです。地上波はフジテレビ系列、BSはNHKが本田圭佑さんの解説で実況されます。ブラジル代表は中4日、日本代表は中3日ですからブラジル有利です。なにしろブラジル代表と言えばワールドカップ最多5回優勝、ただ2002年以来優勝から遠ざかっています。日本は直近の試合で2点先制された後3点取って逆転、初めてブラジルに勝っていますが、森保監督は国際交流マッチとワールドカップは別物、今度は本気のブラジルとの戦いだと言います。日本の堅い守りからすると勝機はゼロではありません。ただ、普通に考えるとけが人が多く出ていることもあって、日本が勝つ確率はかなり低いと見られます。ただ何が起きるか分からないのがサッカーですから、一縷の望みを持って応援しましょう。
■ 美輪明宏さん逝去
歌手・俳優の美輪明宏(本名丸山明宏=まるやま・あきひろ)さんが 2026年6月20日 老衰のため91歳で亡くなられたそうです 所属事務所であるオフィスミワより6月28日に公式発表されました 昭和から令和にかけて音楽・演劇界で多大な功績を残した偉大な存在の訃報に 多くの著名人やファンから追悼の声が寄せられています 約3ケ月前に体調を崩してからは 自宅で静養していましたが 最後は『ありがとう』と一言感謝の言葉を伝え 静かに目を閉じたそうです 直筆メッセージも添えられていて「こんな世の中を生き抜く武器は愛の言葉しかありません この世のすべての問題を解く鍵は愛です 愛があれば戦争なんか起こりません 美輪明宏」とつづられていました このメッセージについてオフィスミワの発表文には「美輪の願いは、この世からあらゆる差別 偏見をなくし すべての人が平和で明るく楽しく生きていける共生社会の実現でした その願いを込めたメッセージです 本人が常々口にしていた言葉です」と添えられていました 「ヨイトマケの唄」名曲ですね 安らかな眠りを祈ります 合掌
![]() 日刊スポーツより…2019年12月撮影 |
(2026年6月29日)
つぶやき最終回